第1回 消費者の利他性、そして、それに対応するマーケティング 【利他性マーケティング】

利他性マーケティング
2015/12/15

利他性マーケティング~第1回 消費者の利他性、そして、それに対応するマーケティング

利他性マーケティング~第1回 消費者の利他性、そして、それに対応するマーケティング

「利他性マーケティング」とは

利他性とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向です。
近年、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害が後をたちません。
このような現象からも分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な側面を持っています。
ヒトの利他的な側面を洞察し、それに適応するマーケティング戦略を立案・ 実行する考え方が「利他性マーケティング」です。

消費者行動における利他性

 (株)クロス・マーケティンググループの研究機関「クロスラボ」では、消費者の利他性(altruism)利他的行動(altruistic behavior)について、主に心理学的な観点から研究に取り組んでいます。利他性、というと、漠然としていて捉えどころのない印象があるかもしれません。

 クロスラボでは、利他性を、「自分にコスト(損失、犠牲)が生じてでも、他者の利益向上を図ろうとする心理的傾向」と捉えています。したがって、利他的行動は、「自分がコスト(損失・犠牲)を負担して他者に利益を与える行動」ということになります。
 ここでいうコストには、様々なものがあります。例えば、金銭的なものだけでなく、時間や手間といったものから時として命までもがコストとなり得ます。

 クロスラボではこのような「利他性」や「利他的行動」の性質を研究することを通じ、社会と消費の関係、すなわち「社会に目が向けられた消費行動」を読み解きたいと考えています。簡単にいうと、社会に目が向けられた消費行動を利他的行動として読み直す、という取り組みです。

 社会と消費の関係、つまり社会に目が向けられた消費行動には「ソーシャルベネフィット(社会の利益)」「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」という2つの「ソーシャル」の側面に意味があるものと考えられます。

 ソーシャルベネフィットとは、「社会にとっての利益」というほどの意味です。近年、消費を通じて環境や社会の持続性を維持したいという価値観やその行動に注目が集まっています。例えば、「環境、社会、他者に対し、損害を与えることに結びつくような商品よりも利益を与えることに結びつく商品の方を選びたい」というような消費意識や行動です。
 こうした消費は「社会的(ソーシャル)消費」、「倫理的(エシカル)消費」といった用語で呼ばれることが多いようです。このようなタイプの消費はいわばソーシャルベネフィット(社会の利益)の増加を目指しているといえます。

 ソーシャルキャピタルについては、人々のつながりや信頼関係、社会的ネットワークの意味で捉えます。
 近年、シェアリングエコノミーという概念に注目が集まっているように、消費者と消費者の間(C to C)での情報や価値の交換が顕在化してきています。また、パパ消費や3世代消費といった「家族」というコミュニティに注目したキーワードも聞こえてきます。このような消費は大きな意味でソーシャルキャピタルに依存していると考えられます。

 消費とは本来エゴセントリック(自己の利益志向的)な行為ですが、実は社会と消費とは無関係ではありえません。消費者の利己的行動の蓄積が社会や環境に損害を与える事態が起こりえますし(コミュニティや環境の破壊など)、その一方で、消費者のソシオトロピック(社会や他者の利益志向的)な行動が会に福利(welfare)をもたらしうるからです(コミュニティや環境の保護など)。
 消費者の行為からだけではなく、社会の側からも世論や規範といったものが消費の制約要因として働いています。また、ポジティブな言い方をすれば、よりよい社会環境下であればあるほど生活空間も充実し豊かな暮らしがしやすくなるのは自明のことといえるでしょう。

 その意味でもともと社会と消費とは相互影響的な関係にあるといえますから、その関係がぎくしゃくすると、あるいはその親和性が高くなると消費そのものが持つ社会性がクローズアップされてくるといえるのかもしれません。

 

孫が祖母へ花束を渡す写真

利他性の心理メカニズム

 社会心理学や行動経済学の実験や調査による膨大な実証研究の知見は、条件や状況によりますが、少なくはない人々が利他的行動をとることを我々に教えてくれます。このような知見はなぜそのような行動が生起するのかを説明する心理メカニズムについてのものです。ここでは2つの理論モデルを紹介しましょう。

 ひとつめは心理学者バトソンのモデルです。実験社会心理学的な研究を蓄積したバトソンは、人を助ける利他的な行動を促す利他的動機づけが共感的配慮によって規定されると主張しています(バトソン 2012)。実際に人を助けるかどうかは、可能な行動についてのコスト‐利益の判断によって歯止めがかかりますが(助けようにもあまりにもコストが高すぎることで助けることができないという事態の発生)、困っている人に対する共感がキー要因になるという心理メカニズムがバトソンのモデルから理解できます(図1参照)。

バトソンの「共感‐利他性モデル」(empathy-altruism hypothesis) 出所:バトソン(2012)

【図1】 バトソンの「共感‐利他性モデル」(empathy-altruism hypothesis)
出所:バトソン(2012)。

 もうひとつのモデルは心理学者のピリアビンたちのものです(Piliabin et al 1981)。ピリアビンたちのモデルも共感という視点で利他性の心理メカニズムを捉えたものですが、ピリアビンたちのモデルの特徴は困窮者と自分が類似しているという仲間意識(我々感情)によって共感が生じ援助的行動が発生するという点です(図2参照)。また、人が困っているのをみることで不快感が生じその不快感を減じるために人は他者を助けるのだというふうにピリアビンたちは理論化しています。

ピリアビンらの利他的行動モデル 出所:Pilliabin et al (1981)に基づき筆者作成。

【図2】 ピリアビンらの利他的行動モデル
出所:Pilliabin et al (1981)に基づき筆者作成。

利他性の進化的適応

 実際に実験や調査によって利他性の心理メカニズムを把握できたとしても、なぜそのような心理メカニズムが生起するのかまでは、実は説明しきれません。そこへの回答を準備するのが進化心理学の視点です。進化心理学は心理メカニズムが進化の過程で果たしてきた役割について説明してくれるためです。

 進化心理学のコンセプトに「自然淘汰(natural selection)」というものがあります。これは個体の持つ遺伝子のうち自然界における生態的条件や環境への適応度(fitness)が高い特性と関わり合いのある遺伝子がその生物種内で世代を経て増殖していくことをいいます。進化の過程を経て競争優位となる特性と関係のある遺伝子が生存していくと考えるのです。
 例えば、限られた食物しか存在しない環境において特定の食物しか食べることのできないという特性と、何でも食べることができるという特性とでは、後者の特性の方が進化的に環境適応していけるといえます。

 進化心理学では、その競争優位な特性のひとつとして社会的場面における心理的な特性(例えば利他性)や行動的特性(例えば利他的行動)も含まれると考えます。これは利他的行動を通じた助け合いを行う生物種ほど生き残る確率が高まるといえるからです。
 動物や人間の場合で助け合う集団(利他的な集団)ほど生存しやすいという事例がいくつも報告されています。

自然淘汰(natural selection)

血縁淘汰と互恵的利他性

 自然淘汰の進化はさらにいくつかの下位コンセプトに分類できます(cf. Buss 2015)。ここでは、血縁同士(同じ遺伝子を共有する度合の高い者同士)と非血縁同士(同じ遺伝子を共有する度合の低い者同士)ではそれぞれ利他性の働きが異なることを説明するために、下位コンセプトのうち血縁淘汰(kin selection)互恵的利他性(reciprocal altruism)について取り上げたいと思います。

 血縁淘汰とは生物学者ハミルトンが提唱した血縁同士での利他的行動の進化について説明する理論です(Hamilton 1964)。この理論によると、血縁同士は非血縁同士と比べてお互いに助け合う傾向が強いといいます。仮に同じ遺伝子を持つ相手のために自分がコストを支払っても(例えば命を失う等)同じ遺伝子を持つ相手は生き残り、結果として遺伝子としてみると生き残り(適応)に成功していると考えられるからです。血縁淘汰はその意味で純粋な利他性といえるかもしれません。

 互恵的利他性とは生物学者トリヴァースが提唱した相手が困っているときにお互いに助け合うという「お互いさま」の精神のことであり、血縁関係を超えた利他的行動を説明する理論です(Trivers 1971)。
 進化心理学の視点でみると、自分の利他的行動が相手からの返報を受けることで結果としてお互いが利他的行動をすれば長い目でみると環境への高い適応を示す(互恵的利他性という特性と関係のある遺伝子が生き残る)ということになります。

 互恵的利他性の原理を裏付けるものとして、ゲーム理論(game theory)における囚人のジレンマ(prisoner’ s dilemma)状況での「しっぺ返し戦略」(tit-for-tatstrategy:TFT)がよく知られています(ゲーム理論では、選択肢を選ぶ方針を「戦略」と呼びます)。

 囚人のジレンマ状況とは、相手に協力するか裏切るかを選ぶ状況で互いに協力すると双方が利益を得られるが互いが裏切ると利益は小さくなり、片方が裏切って片方が協力すると裏切った者は大きな利益を得られ協力した者は利益が得られない、という状況をいいます。

 政治学者アクセルロッドが行った繰り返し実験では、初回は協力するけれども、それ以降は相手の選択を真似た者(しっぺ返し戦略をした者)が一番多くの得点を稼ぎ優勝しました(Axelrod 1984)。
 つまり、相手が裏切ると次の回で自分は裏切る、相手が協力すると次の回で自分は協力する、というように1回前の相手の行動と同じ行動を取った者が一番得をしたということになります。そこには、相手が利他主義者であれば協力するが相手が利他主義者でない場合には協力を取り下げるという利己主義者を罰するメカニズムが備わっている、ということが分かる非常に興味深い実験です。そしてこの実験結果は互恵的利他性を支持しているといえます。

間接互恵性~情けは人の為ならず

 互恵的利他性は二者間での関係についてのお互いさまの精神のことをいいました。これは言い方を変えると直接的な社会的交換であるといえます。また「しっぺ返し戦略」にあったようにある程度長期的な相互関係を前提として初めて機能するともいえます。

 しかし現実の一般社会における親切や協力などの利他的行動をみてもそれが特定の二者間で長期的に起こるものであるとは限りません。二者間を超えたレベルでの、あるいは一度限りの利他的行動はなぜ起こるのでしょうか。

 こうした疑問に回答を用意するのが「間接互恵性」(indirect reciprocity)です。これは「情けは人の為ならず」といわれる精神のことであり、進化生物学者を中心に議論されてきた考え方です。情けは人の為ならずというのは、簡単にいえば、「人に何か良いことをするのは、めぐりめぐって自分にそれが返ってくるからだ」というものです。「めぐりめぐって」という部分がここでの重要なポイントとなります。

 間接互恵性の考え方によると「評判」(reputation)がその鍵を握っています。例えば見ず知らずの相手に親切な行為をしたという場合、その本人から直接的な報酬がなくても、それをどこかで知った第三者によって「親切な人」「よい人」といったポジティブな評判が立つことが期待されます。いわば「めぐりめぐって」評判が成立していくのです。そうなると自分が困った際に周囲から助けてもらえる可能性が高まるのです(Alexander 1987)。

 みなさんもご自身の経験などを振り返ってみて「親切な人」「よい人」という評判のある人には率先して助けてあげようという気持ちになったことはありませんか。逆を考えると「不親切な人」「悪い人」「裏切り者」のような評判がある人に率先して助け船を出そうと思いましたでしょうか。

 このような間接互恵性の特性が環境に適応してきたと考えれば人間がなぜ社会レベルにおいても利他的行動を行うのかが理解されてきます。

利他性マーケティングの可能性

 社会心理学や行動経済学のアプローチは利他的行動の対象特定的な心理メカニズムを明らかにし、進化心理学のアプローチはなぜそのような心理メカニズムが備わってきたのかを進化の観点から説明してくれる、ということをみてきました。

 消費者の利他性に注目しその性質を心理学的観点から研究するというアプローチは、マーケティング戦略への様々な示唆を提供できるものと考えられます。

 ソーシャルベネフィットの面からみると、例えばCSR(企業の社会的責任)において、自社の社会貢献的活動が消費者の利他性の視点からどのようにな心理メカニズムによって解釈されているのかを分析することで、CSR活動の改善に活かすことができるでしょう。
 また倫理的(エシカル)消費を推進したいという目的があるならば、消費者の利他的な心理メカニズムを理解しどのような説得の仕方をすれば倫理的な消費を喚起することができるのかのマーケティング的な打ち手を検討できます。

 ソーシャルキャピタルの面からみると、パパ消費のような親が子のために行うタイプの消費では子どもに対するパパの血縁淘汰に方向付けられた利他性を洞察することで常識的な見方とは異なった心理的メカニズムが発見できるかもしれません。
 また、シェアリングエコノミーの領域では、フリマアプリ「メルカリ」のような仕組みが消費者の互恵的利他性や間接互恵性によっていかなる価値の交換を引き起こしているのかといった分析が可能になるでしょう。

 これらは一例にすぎませんが、利他性による消費者理解が新たなマーケティング対応への示唆を提供できる可能性が考えられます。

 消費者の利他性にもとづいたマーケティングを「利他性マーケティング」と名付けクロスラボではその理論化を進めています。

 「利他性マーケティング」の定義を少しかたい言い方ですると、「消費者行動における利他性を理解し、それに対応するマーケティング戦略を立案、実行すること」となります。そこでこの連載コラムのタイトルも「利他性マーケティング」としています。

 消費者の利他性、そして、それに対応するマーケティング、――そのような見地からこの連載コラムを通して皆様のマーケティング実務のヒントになるような話題を提供したいと考えています。今後もぜひご一読いただけますと幸いです。

参考文献

・Alexander, R. D. (1987) hebiology of moral systems. Aldine de Gruyter. Basic Books. 
・Axelrod, R. (1984) The evolution of cooperation. Basic Books. 
・Buss, D. M. (2014) Evolutionary Psychology: The New Science of the Mind, Fifth Edition.Psychology Press. 
・Hamilton, W. D. (1964) The geneticalevolution of social behavior. Ⅰ-Ⅱ. Journal of TheoreticalBiology, 7, 1-52. 
・Piliavin, J. A., Dovidio, J. F., Gaetner, S., & Clark, R.D. (1981) Emergency intervention. NewYork: Academic Press.
・Trivers, R. L. (1971) The evolution of reciprocalaltruism. Quarterly Review of Biology46. 35-57. 
・バトソン,C・D (2012)『利他性の人間学―実験社会心理学からの回答』新曜社。
執筆者 (株)クロス・マーケティンググループ クロスラボ 主席研究員 水師 裕 (すいし ゆたか)

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