第3回 コモディティ化に挑む【利他性マーケティング】

利他性マーケティング
2016/2/15

利他性マーケティング~第3回 コモディティ化に挑む

利他性マーケティング~第3回 コモディティ化に挑む

「利他性マーケティング」とは

利他性とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向です。
近年、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害が後をたちません。
このような現象からも分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な側面を持っています。
ヒトの利他的な側面を洞察し、それに適応するマーケティング戦略を立案・ 実行する考え方が「利他性マーケティング」です。

利他性の文脈に「意味的価値」を生み出す

 クロスラボでは、新しいマーケティングの切り口を提案するために、消費における利他性を心理学的視点から研究しています。

「利他性」がなぜマーケティングに役立つのか疑問に思われる方も多いかもしれません。それにはいくつかの理由がありますが、分かりやすい一つの理由として「製品のコモディティ化と低関与購買を乗り越えるため」という説明ができます。

 コモディティ化というのは製品の同質化が進み差別化が困難になってくる状況のことであり(恩蔵 2007)、低関与購買というのはそれほど深く考えずに「何となく」行われる購買行動のことです。熾烈な市場競争が繰り広げられている今日、多くの製品カテゴリーにおいてこれらの現象を観察することができるでしょう。

 企業が他社との差別的な製品を開発できない場合、また差別的な製品を開発できたとしても消費者が差別的に認識してくれない場合にコモディティ化は起きます。その意味で、コモディティ化と低関与購買は対応的です。

 住宅やクルマなどじっくりと考えて購買される製品も一部にはありますが、多くの消費者は多くの製品やその購買に対して低関与であるといえます。その理由が消費者の認知能力の限界なのか日々の忙しさのせいなのか単なる飽きのせいなのか・・・など諸説ありますが、現代の消費者がすべての製品をじっくり考えて購買しているとはいえないでしょう。

 製品のコモディティ化や低関与購買の状況を乗り越えるためには、客観的に把握できる機能やスペックにもとづく機能的価値だけでなく、意味的価値(経験価値、精神的価値、感性価値、情緒的価値などの消費者が意味づける価値)を提供する必要がある点がしばしば指摘されます(e.g. 延岡 2011)。ここに消費者行動における利他性が関係してきます。

 連載コラム第一回目でご紹介したように、進化心理学・社会心理学などの研究成果からは、少なくはない人間が利他的な行動をとることが示唆されています。

 このような性質を読み解くことを通じ、消費者の日々の利他的行動の文脈の上に製品・サービスを位置づけ意味的価値を創出する、という視点にマーケティングの新しいチャンスがあると考えられるのです。

日常にありふれる利他的行動

 「利他性」や「利他的行動」と聞くと、極端に自己犠牲的なイメージを抱かれるかもしれません。しかしそうではなく、もっと日常に潜んでいる普通のこととして捉えることはできないでしょうか。

 利他的行動とは「自分がコスト(損失・犠牲)を負担して他者に利益を与える行動」のことです。ここでいうコストには様々なものがあり、例えば生命のように大きすぎるコストもありますが、ちょっとした時間や手間といったものもコストとして考えられます。

 ちょっとした手間をかけて誰かに何かしてあげたことはありませんか。そしてそういうちょっとした良いことをすると何となく気持ちが良いのはなぜでしょうか。手間をかけた覚えすらないほど(自分のコストを意識しない程度に)人は人に普段から何かしてあげているものです。

 その意味でわたしたちの身の回りには利他的行動が普通にありふれています。これを助け合うという意味で捉えると、むしろ利他的行動なしに世の中は回らないのではないかとさえ思われます。

 少しだけ身の回りの生活に目を向けてみてみましょう。日常の利他的行動とは、例えばボランティア活動に参加する、寄付を行う、被災地の利益になるような商品を購入する、フェアトレード商品を購入する、というような他者支援的な目的が意識された比較的強い行動に限ったものではありません。

 むしろもっと弱い行動の方が身近に感じられるのではないでしょうか。
 例えば電車で席を譲る、家族に頼まれた郵便物を登校途中に投函する、知らない人に頼まれてカメラのシャッターを押す、温泉旅行のお土産を自分の所属部署に配る、友達にちょっとした助け舟を出す、SNSに書き込むとき読み手が理解しやすいように手間をかけていくつか画像をアップしてみる、といったささやかな行動です。

しかしこのような日常的な利他的行動はあまりにも生活空間に溶け込んでいるため、なかなか自覚することができません。

 「利他性を切り口としたマーケティング」と申し上げると、よく「フェアトレード、コーズリレーテッドマーケティング、CSR(企業の社会的責任)活動などを支援するのですか」と質問されます。
 もちろんそのような「強い」利他的行動も対象としていますが、もっと日常にありふれている「弱い」利他的行動を読み解くことの方がマーケティングに対して幅広い貢献ができます。これは多くの消費者の生活実態に近いレベルでの利他性の文脈を把握することで、より多くの製品・サービスをその文脈に位置づけることが可能となるためです。

なぜいま利他性なのか?

 消費を考える上で、なぜいま利他性に注目できるのでしょうか。それにはいくつかの理由がありますが、ここでは2つほど指摘しておきます。
 それは、(1)「すべてが市場化」する中での人々の持続的疲労と、(2)社会の包容性の低下による人々の不安です。これらにより他者との関係がクローズアップされ、利他性の重要度が増してきているのではないかという見立てです。

 ひとつめの点、「すべてが市場化」する中での人々の持続的疲労についてです。

 世界規模でみると開拓できるフロンティアが徐々に消滅し経済的パイが広がらない中、新自由主義、グローバリズム、経済至上主義、といった価値観がますます国内を覆っています。国内でもあらゆる規制が取り払われ、電力、学校、介護施設、保育園、病院といった公共性あるものも次々と市場化される「すべてが市場化」現象が拡大しています。

 以前筆者が行った取材で、上場企業に勤務するあるビジネスパーソンが述べておられた、「今の仕事は長距離マラソンを短距離走のように全速力で走っているような感じです」という言葉がとても印象的でした。

 株主資本主義のもと4半期ベースでの短期的サイクルを全速力で駆け抜けることを何回転も繰り返していく・・・。すべての労働者がその方のように凄まじくハードな環境にいるとはいえませんが、多くの労働者がこれに似たような傾向の圧力を前提に働いているのではないでしょうか。

 疲労する労働者は同時に消費者でもあります。労働者として仕事のスピードと効率を高め(時に価格を下げ)ノルマを達成し、その結果としての利便性と低価格を消費者として享受する、というように同一人物が両方の顔を持ちます。このように労働者はほぼ消費者のことですから消費者もまた疲労をひきずっているといえます。

 ふたつめの点、社会の包容性の低下による人々の不安についてです。言い換えると「失敗したら自己責任ルール」に対する不安です。

 これは年金や社会福祉の問題、家族や地域など既存のコミュニティ崩壊による他者とのつながりの希薄化も含めた社会のセーフティネット(包容性)が脆弱になっているがゆえに、限りなく自己責任で物事に対処しなくてはならないという不安のことをいいます。そのような不安には個人差があると思いますが強烈な不安というよりもただ何となく感じる不安という方が実態に近いと思われます。

 いま社会はあらゆるリスクに対して個人がむき出しになりつつある状態であるといえるかもしれません。ネットワーク(家族や近所づきあいなど)がなければ孤独死も普通のことですし、カネが無ければ健康を損なってもまともな老人ホームにさえ入れないしまともな医療を受けることができないという時代が現実のものとなりつつあります。

 以上のように、(1)「すべてが市場化」する中での人々の持続的疲労、および(2)社会の包容性の低下による人々の不安を背景とし、日々の生活の中には人間味のあるほっとする瞬間が求められているとクロスラボでは考えています。そのキーワードとなるのが「利他性」の原理です。

 当然といえば当然ですが、人間味のあるほっとする瞬間は他者との関係の中に訪れます(相手が動物やロボットでも、またよくできたストーリーの中の人間関係を鑑賞することでも代替できるものなのかもしれませんが)。

 人間味のあるほっとする瞬間を得るのは、いきなりボランティア活動に参加するような行動に出なくとも、もっと身近な日々の利他的な出来事の中からでも可能でしょう。

 それはちょっとした利他的な行為を見たり聞いたり、したりされたりする瞬間の連続のことであって、必ずしも記憶に深く刻まれる出来事ではないかもしれません。もっと自然な、他者に何かをしてあげてありがとうと言われなぜか気持ちが良い、というような普通の日々の中にある瞬間的な体験であり互恵性です。

 利他的行動の瞬間的体験が積み重ねられるささやかな日常の文脈を読み解き、いかにしてその文脈の上に製品やサービスを位置付けて意味的価値を創出できるかという点が、コモディティ化と低関与購買を乗り越えるマーケティングにおいていま重要なのです。

参考文献

恩蔵直人(2007)『コモディティ化市場のマーケティング論理』有斐閣。
延岡健太郎(2011)『価値づくり経営の論理』日本経済新聞出版社。

執筆者 (株)クロス・マーケティンググループ クロスラボ 主席研究員 水師 裕 (すいし ゆたか)

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