第6回 利他性と共感の深い関係【利他性マーケティング】

利他性マーケティング
2016/4/15

利他性マーケティング~第6回 利他性と共感の深い関係

利他性マーケティング~第6回 利他性と共感の深い関係

「利他性マーケティング」とは

利他性とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向です。
近年、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害が後をたちません。
このような現象からも分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な側面を持っています。
ヒトの利他的な側面を洞察し、それに適応するマーケティング戦略を立案・ 実行する考え方が「利他性マーケティング」です。

 連載コラム「利他性マーケティング」の第6回目となる今回のテーマは「共感(empathy)」です。共感、と聞いて皆様はどのようなことを想像されるでしょうか。意識して身の回りを観察するまでもなく、日常的に共感という言葉が大量に流通していることに気づかされますが、実はなかなか定義のしづらい概念であると感じるのではないでしょうか。

 少し脱線しますが、筆者はちょうど丸2年間、一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会の出版委員を務めさせていただき、雑誌『マーケティング・リサーチャー』最新号(Vol.37 No.129 2016年3月発行)の編集をもって委員を退任いたしました。この号で特集された「イマドキの共感」は、私が携わらせていただいた最後の特集企画となり、とても思い出深い特集企画となりました(関係者の皆様、寄稿者の皆様、2年間ありがとうございました)。

 マーケティング・リサーチャー誌の特集「イマドキの共感」で取り上げられた共感の切り口は、ソーシャルネットワーキングサービスの普及などを念頭に置きつつ現代的視点から共感を捉えなおすという非常に興味深い特集企画となっています。

 近頃の共感は、果たして劣化したのか、というような問題意識が筆者の中にはありました。その答えがどうだったのかは、ぜひ本誌に寄稿いただいた方々の記事をお読みいただきたいと存じます。

 この特集企画の編集に携わり、改めて共感について考える機会を得た次第ですが、マーケティングにおける共感の重要性もさることながら、どこまでを共感と呼んでいいのか、その掴み所の無さにも一方で気づかされたのでした。

 端的にいえば対象のあいまいさと定義のあいまいさです。一体、共感とはなんだろうか。筆者が抱いたのは、完璧に定義しすぎても詰まらなくなるし、かといって定義しなさすぎるのも気持ち悪いというのが共感に対する率直な感想です。

 そのような経緯から、今回のコラムでも共感について検討してみようと思った次第です。当コラムでは「利他性マーケティング」を標榜している手前、とりわけソーシャルグッド(社会にとってよいこと)を志向するマーケティングとの関連性から共感を取り上げてみようと思い立ちました。利他性と「社会にとってよいこと」には密接な関係があるからです。この考察を通じ、共感について考えるヒントを少しでも提供できれば幸いです。

共感の心理学的な見方

 共感は、哲学、心理学、文化人類学など、学術的にもさまざまな領域で用いられていますが、その定義をひとつに合意させることはきわめて困難であるといえます。マーケティング領域でも共感が多用されますが明確な定義がありません。

 何となく意味を取ると、相手の行為・態度に対して「いいね」と感じること・・・という程度の意味で使用されているようにも思われますが、確たる根拠はありません。

 結論を先取りしていえば、共感の定義が多様に存在することを前提としつつも、「自分は○×※という意味において共感を使っている」というように定義をしてから、実務者は実務を始めたほうが誤解もなく目的がはっきりするために生産的だと思われます。

 本コラムでは心理学的な共感の概念を念頭においていますが、心理学においてもその定義はあいまいであるといえます。

 様々な心理学的な定義がある中で、ここではStotland(1969)の定義を参考に適度にゆるやかに、「他者がある感情を体験している、もしくは体験しようとしていることを知覚することで自分に生じる感情的反応・認知的反応」と共感を定義し話を進めていきたいと思います。

 これは、前述の通り、完璧に定義しすぎても詰まらなくなるし、かといって定義しなさすぎるのも気持ち悪いというのが共感に対する率直な筆者の印象であるからです。

 この定義では、例えば、(1)他者が痛み感じているのを見て自分もそのまま「痛い」と感じるような側面(同じような気持ちになる側面)と、(2)他者が困った状況に陥っていることを知りその他者に対して哀れみを感じ「かわいそうだ」「助けてあげなければ」と感じるような、相手の福利(welfare)に対する配慮的な側面とがあります。

 (1)は同情(sympathy)であって、共感とは(2)であるとする論者や、(2)も同情であるとする論者もいますが、ここでは両者を共感としてとらえていきます。

 上記のような感情的反応だけでなく、相手の行動や立場を自分のことのように捉え、その後の行動を予測するような「役割取得」「視点取得」といった認知的側面も含めて共感を捉える見方もあります。

 しばしば親が子どもに「相手の立場に立って考えることの重要性」を教えますが、これは「役割取得」「視点取得」について気づきを与えているものと考えられます。共感のうち、特に他者配慮的な心理反応を捉えるには、共感は感情的側面のベースを持ちつつも「役割取得」「視点取得」といった認知的側面も合わせもつと考えたほうが、その反応を説明しやすいものと考えられます。

 さらに共感には、状態共感(state empathy)と特性共感(trait empathy)に分ける見方もあります(首藤 1994)。状態共感とは、その場で引き起こされる感情的反応、特性共感はその人がもつ性格的な特性のことをいいます。特性共感は共感性と呼ばれる場合もあります。心理学の先行研究では、普段共感性の高い性格を持っているひとが、ある特定の場面で必ずしも高い状態共感を引き起こすとは限らないということがいわれています。

 特性共感の測定は、質問紙や他者からの評定方法があり、状態共感の測定は、表情分析、生理的測定、fMRI(機能的核磁気共鳴画像法)、自己評価など、アンケート調査から脳波の測定まで幅広い方法があります。

突き詰めると「他者」を発見できる

 それでは、ソーシャルグッドに取り組む企業や商品という認知対象があった場合、これと共感とはどのような関係にあるのでしょうか。この点について図示しながら整理してみましょう。

 ソーシャルグッドに取り組む企業や商品を取り巻く状況を、利他的な消費行動として示すと【図1】のようになります。買い手(消費者)は、売り手(企業など)を媒介して社会や環境、そしてその先にいる他者に対する支援を行っていることになります。

利他的な消費行動の構図

【図1】 利他的な消費行動の構図

出所:筆者作成。

 売り手が社会・他者へプラスの影響を及ぼしている場合、それに賛同した買い手が売り手の商品を購入したり正の口コミをしたりすれば、売り手によるソーシャルグッドな取り組みは成功しているといえるでしょう。一方で、売り手が社会・他者へマイナスの影響を及ぼしている場合、それを忌避した買い手が売り手の商品をボイコットしたり負の口コミをしたりすれば、ソーシャルグッドの意味で失敗といえるでしょう。

 このような構図の中で、共感という反応は何を対象として引き起こされるのでしょうか。心理学的な定義にしたがえば、共感とは【図1】で示されている他者に対して生起するものであると捉えられます。

 マーケティング実務で共感といわれる場合、媒介者である売り手や売り手の取り組みそのものといったものまでを含めてあやふやに共感という言葉を当てはめて使用されているように思われます。例えば、とてもすばらしいソーシャルグッドなキャンペーンがあった場合、共感の対象があやふやなままで、「共感した」というような感想が持ち出される場合です。

 このような場合、そのキャンペーンに共感する、その企業の取り組みに共感する、なんとなく全体的な雰囲気に共感する、・・・など多様な対象の想定があるのだろうと思われますが、それですと先ほど定義した「他者がある感情を体験している、もしくは体験しようとしていることを知覚することで生じる感情的反応・認知的反応」という共感の意味からは意味がとりづらくなってしまいます。

 むしろ企業の取り組みそのものへの心理的反応は共感ではなくて、例えば、自分の重視している価値観と、この企業が重視している価値観と類似しているかどうかをいう「価値類似性」(value similarity)のような認知的な概念で捉えたほうが説明しやすいのではないでしょうか。ちなみに価値類似性は、自分と意見や価値観が類似している相手を信頼するという心理的な性質を説明する上で重要な概念です。

 つまり、【図2】に示されているように、買い手からみた売り手(とその社会貢献的な取り組み内容など)への心理反応と、その先にある社会の中に存在する支援される「他者」への心理反応とを分けて捉えるべきだといえるでしょう。

利他的な消費行動における買い手の心理的反応の違い

【図2】 利他的な消費行動における買い手の心理的反応の違い

出所:筆者作成。

 よく紐解いていけば、ソーシャルグッドの文脈で行われるあらゆるマーケティング施策には厳密な意味での何らかの支援される「他者」が存在するはずです。例えば森林保護に貢献するマーケティング的取り組みがあったとして、その取り組みそのものに対する共感というのは前述の定義に照らすと意味が取りづらいため、むしろ価値類似性で説明ができるでしょう。一方で、その森林保護を通じて森がつくる水は自分の子どもたち世代が大きくなった時に飲む水であると考えると、次世代の子どもたちという支援される「他者」が発見されるのです。

 暗にそのような存在が想定される場合もあると思われますが、とりわけ分析者の視点に立ってみると(繰り返しになりますが)、「自分は○×※という意味において共感という言葉を使っている」というように定義を表明した上で実務に取り組むほうが、誤解が無く生産的だと思われます。

共感と“我々意識”

 心理学的な文脈において、共感は利他的行動を促す上で重要な要因とされています。簡単にいえば、相手に共感をするからこそ、その相手を助けたい、支援したいと感じるのだといえます。

 ソーシャルグッドに取り組む企業や商品を好ましく思ったり、購入したり、正の口コミを発信したりする行為・態度は、他者に対する利他的な消費行動として捉えることができます。その意味で、売り手のその先に存在する他者への共感の働きがそうした利他的な消費行動を喚起していると考えることができます(共感が利他的行動を促進するという心理学的なモデルについては、連載コラム第一回目で取り上げていますのでご参照ください)。

 【図2】にもとづいてそのことを説明すると、買い手は、媒介者である売り手を通じて、「間接的」に利他的な行動をとっていることになります。つまり、売り手の先にある他者への共感が生起することによって、その購買行動が引き起こされるといえます。

 そこで検討しなければならないのは、共感はなぜ引き起こされるのかという問題です。マーケティングの問題意識としては、共感を操作することによって、より効果的な成果を生み出すことが重要な目的となるためです。共感が引き起こされるメカニズムを理解できれば、より操作しやすくなる方向性が見出せるでしょう。

 その手がかりとして有力な見方は、内集団(ingroup)‐外集団(outgroup)の概念です。自分が所属する集団を内集団、所属しない集団を外集団といいます。この見方は社会的アイデンティティ理論(social identity theory)の分野で検討されてきた概念です。社会的アイデンティティとは、自分が属する集団、つまり「我々」についてのアイデンティティです。

 自分が属する集団(内集団)が価値の高いものであればそこに属する自分自身も価値の高い存在であると感じられます。そうなると、内集団の価値を護持するように行為するのが自然な流れとなり、その内集団に属する仲間にも好意的に接することでしょう。これを内集団ひいき(ingroup favoritism)といいます(Tajfel et al 1971)。その反対の傾向を外集団蔑視(outgroup derogation)と呼びます。

 内集団と外集団を分けるものは、ある程度明確な基準、例えば国籍、性別、年代、会社、学校、家族といったものだけでなく、アドホックに生起する基準もあります。「我々」として認識される過程を内集団カテゴリー化といいますが、あるアドホックな上位目標を与えると内集団カテゴリー化が起こり、相手を仲間と認識しやすくなります。

 心理学の実験を1つご紹介しましょう。サマーキャンプで2つのグループに分けられ3週間の共同生活を送った少年たちが被験者となる実験です(Sherif et al 1961)。この実験によると、自分の属していないグループに対する排他的・敵対的な行為・態度が強くなったといいます。また興味深いのは、その少年グループ間の葛藤を調停したのがアドホックな上位目標の導入によるものだった点です。これは、キャンプ地に必要不可欠な飲料水のタンクを一緒に修理したり、食糧輸送のトラックを協力し合って引っ張ったりなどの作業をさせる上位目標です。そうした作業を経験させると自分とは別の集団への排他性(集団間の葛藤)が低下したのです。

 共感はおのずとよそもの(外集団の成員)よりも、内集団の成員に対して高い反応を示します(cf. Stürmer et al 2006、 Pilliabin et al 1981)。しかし、上記の実験で示されているように、ウチとソトとの線引きは、ある程度操作可能であることが分かります。このことからマーケティング実務に対して示唆されるのは、内集団化を促進させ「我々意識」を形成することを通じ、いかにして共感を生起させられるかという点です。それにより利他的行動を起きやすくするわけです。

 一方で、負の側面にも目を向けなければなりません。共感の操作は悪いことにも使えるということです。外集団化を促進させることで内集団の成員間の共感のレベルを高め、これにより外集団に対する過度な排他性を高めることでジェノサイド(集団殺戮)を発生させてしまうのも人間の性質である点を忘れてはなりません。また卑近な例として、振り込め詐欺のような犯罪が挙げられます。振り込め詐欺では、血縁関係にある相手に対する共感を引き出し利他的行動を引き出す巧妙な手口であるといえるでしょう。

 ソーシャルグッドに取り組む企業や商品に対するコミットメントや応援したくなる心理を「企業を媒介として支援される社会や他者に対する広義の利他性」として捉えると、これまで見てきたように共感は見逃すことができない概念であるといえます。相手に影響を与えこちらの意図する方向に行為・態度を変化させるというマーケティング的側面からいえば、マーケティングによる共感の操作の仕方によってソーシャルグッド型のマーケティング効果が異なるという点で重要な示唆を含むからです。

参考文献

  • ・Piliavin、 J. A.、 Dovidio、 J. F.、Gaetner、 S.、 & Clark、 R.D. (1981)Emergency intervention. NewYork: AcademicPress.
  • ・Sherif, M., Harvey, O. J., White, B. J., Hood,W. R. Sherif, C. W. (1961)Intergroup conflict andcoorperation : The Robbers’ Cave experiment.Institute of Group Relations, University of Oklahoma.
  • ・Stotland, E. (1969) Exploratory investigationsof empathy. In L. Berkowitz(Ed.), Advancesin experimental social psychology. Vol.4 New York: Academic Press. 271-314.
  • ・Stürmer, S., Snyder, M., Kropp, A.,Siem,B. (2006) Empathy-motivatedhelping: the moderating role of group membership. Personality and Social Psychology Bulletin, 32, 943-956.
  • ・首藤敏元(1994)『幼児・児童の愛他行動を規定する共感と感情予期の役割』風間書房。
  • ・Tajfel, H.,Billing, M. G., Bundy, R. P., & Flament, C. (1971) Social categorizationand intergroup behavior.  European Journalof Social Psychology, 1, 149-178.
執筆者 (株)クロス・マーケティンググループ クロスラボ 主席研究員 水師 裕 (すいし ゆたか)

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