利他性マーケティング第7回 利他性とブランド(1)エピソード記憶【利他性マーケティング】

利他性マーケティング
2016/5/13

利他性マーケティング~第7回 利他性とブランド(1)エピソード記憶

利他性マーケティング~第7回 利他性とブランド(1)エピソード記憶

「利他性マーケティング」とは

利他性とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向です。
近年、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害が後をたちません。
このような現象からも分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な側面を持っています。
ヒトの利他的な側面を洞察し、それに適応するマーケティング戦略を立案・ 実行する考え方が「利他性マーケティング」です。

 連載コラム「利他性マーケティング」の第7回目となる今回は、利他性とブランドの関係について考えてみたいと思います。利他性とブランドには幅広い論点が含まれてきますので、このテーマについては今後数回に分け考察していきたいと思います。

 近年、社会貢献的な企業活動とブランド構築を結びつけて考える議論がますます活発化しつつあります。そうした問題意識をお持ちの実務家の皆様にとってご参考になれば幸いです。

記憶の中のブランド知識

 皆様もご存じの通り、ブランドには多様な定義や捉え方が存在します。当連載コラムではブランドを「消費者の認知システムとしての記憶に保存されている知識」と定義して考えていきます。これは、ブランドについての知識がどのように消費者の記憶の中に貯蔵されるか、また、既に貯蔵されているブランドについての知識がどのように取り出されるか、あるいは変容されるか、といった認知心理学的なブランドの捉え方となります。

 この見方は、マーケティング実務家の方には馴染みの深いケラー(Keller)の「消費者ベースのブランドエクイティ」と同質的なものです。ケラーのいう消費者ベースのブランドエクイティとは「消費者の持つブランド知識が当該ブランドのマーケティング活動に対する彼/彼女の反応に及ぼす効果の違い」と定義されます(Keller 1998)。

記憶の区分

 いったんここで記憶とは何かについて、認知心理学的な見方からおさらいしておきましょう。心理学者タルヴィングは、記憶を潜在記憶(implicit memory)顕在記憶(explicit memory)に分け、手続き記憶、知覚表象システム、意味記憶を潜在記憶に、エピソード記憶を顕在記憶に位置づけています(図1)。記憶の区分については様々な論争があり絶対的にこうだという区分を示すことはできませんが、ここではこのタルヴィングの説に則って話を進めます。

【図1】記憶システムと顕在/潜在記憶の区別
出所:タルヴィング(1991)に基づき筆者作成。

 潜在記憶とは、自分の過去の経験を思い出す想起意識のない記憶のことをいいます。顕在記憶とはその反対に、自分の過去の経験を思い出す想起意識のある記憶のことをいいます。

 ここで「動物園」について思い起こしてみましょう。

 動物園とは何ですか?
 あなたが動物園で経験したエピソードを教えてください。

 動物園に行ったときの過去の経験、例えば、「去年の秋に友達4人と出かけた横浜の動物園でオカピーを見た」「オカピーをバックにその4人で記念撮影をした」というものは、具体的な経験を思い出しているので顕在記憶であるエピソード記憶です。タルヴィング(1985)はエピソード記憶を「過去における日付のある、ユニークで、具体的な、そして個人的な経験についての記憶」と定義しています。エピソード記憶とは、時間(いつ)、場所(どこで)といった情報が含まれる記憶であるといえます。

 その動物園へ出かけるためにクルマの運転をしたとしましょう。この「クルマの運転」は潜在記憶に位置づけられる手続き記憶です。手続き記憶とは、クルマや自転車の乗り方、歩き方、食べ方のような作業の「やり方」をいいます。人はこれらの作業をする際、いちいちやり方の想起意識をともなって思い起こすことなく、自動的に手続き記憶が作動して行動しています。その意味で、潜在的であるといえます。

 そして、クルマを運転していて、信号の色が変わるのをみながら止まったり進んだりしたとしましょう。これは信号の色に対して感覚・知覚的に反応しているので、知覚表象システムという記憶システムが作動していると捉えます。知覚表象システムとは、感覚や知覚において対象を同定するために働く認知的しくみのことで、その対象への意味づけが行われる前段階の記憶です。むろんドライバーは、いちいち信号とは何か?赤色とは何か?ということを自分の過去の経験を想起意識をもって思い起こしているわけではありません。ドライバーは、もっと自動的(潜在的)に信号の色を識別し、止まったり進んだりといった行為をしています。

 やがてクルマに乗って動物園に到着しました。そこでふと、そういえば動物園とはいったい何だろうか?と感じたとしましょう。それに対して、動物園とは動物がいる場所である、動物園はとても良い場所である、といったことを考えたとします。このような動物園という言葉の意味や概念のことを意味記憶といいます。意味記憶もまた、自分の過去の経験について想起意識をもって思い起こしているわけではありません。意味記憶は、より抽象度の高い信念のようなかたちでの「AはBである」というような言明です。このような意味記憶が、潜在的に様々な行動を規定します。

 ブランドの文脈でいえば、これにはブランドの意味記憶的側面が相当するでしょう。ブランドについての意味記憶を我々は保持しているわけですが、その保持のされ方は様々です。ポジティブなイメージであるかネガティブなイメージであるか、好きか嫌いか、ユニークであるか凡庸であるか・・・など様々な側面が複合的に意味記憶化して保持されているわけです。そうした意味記憶としてのブランドが、購買局面で潜在的に影響を及ぼしていると説明ができます。ネガティブよりもポジティブなイメージ、嫌いよりも好き、凡庸よりもユニークであるブランドであるほど、どうやら選択されやすいといわれています。だからこそブランド構築においては、ケラーがいうように「強く・好ましく・ユニーク」であるブランドを目指す必要があるといえます。

利他的なエピソード記憶をブランドを刻む

 今回は、利他性とブランドとの関係に関して、エピソード記憶の観点から考えてみましょう。少し振り返ってみていただくと、皆様には人から助けて貰ったり何か物を貰ったりしたエピソードがあるのではないでしょうか。それは、ほんのちょっとしたことから感動するような特別なことまでが幅広く思い起こされるでしょう。また、相手を助けたり相手に何か物を贈ったりして喜ばれたという記憶もあるでしょう。そのような記憶は利他的なエピソード記憶であるといえます。

 エピソード記憶は、時間(いつ)、場所(どこで)に関する要素とともに、感情をあわせもっています。例えば動物園に行った一連の出来事のひとつひとつには様々な感情が付与されています。そこにマーケティングのチャンスが潜んでいます。そうした利他的エピソードの中にブランドを埋め込んでいけばブランドがポジティブな感情と連結されて記憶に刻み込まれる可能性があるからです。さらにエピソード記憶は変質していきます。そこにもチャンスがあります。

 これまで体験したエピソードは、ありのままのかたちで記憶されているとは限りません。A→B→C→D→Eというような出来事の連続した流れが事実としてのエピソードであった場合、その流れの順序が逆転したり(例:C→B→A→D→E)、骨子のみを残して他の出来事が捨象されたり(例:A→E)します。さらに、出来事に対する何らかの意味づけが行われていけば(例:あのエピソードは○○である)、エピソード記憶は意味記憶に変質していくでしょう。つまり、いつ・どこでといった要素が捨象されていき、エピソードの中に登場したブランドAと好ましい感情のみが居残り、「ブランドAは好ましい」という意味記憶(知識)に変質していく可能性もあるということです。利他的なエピソード記憶が意味記憶に変質していく過程にブランドをうまく埋め込んでいけば、もともと利他的なエピソードがもっていたポジティブな感情とブランドとの結びつきが強くなるかたちで記憶の中で概念化(意味記憶化)されていくのです。

 マーケティングターゲットとなる顧客層についての利他的なエピソード記憶を調査収集し読み解くことで、思いもよらなかった文脈が発見できるかもしれません。そのような文脈から洞察が得られれば、その文脈に対して自社ブランドを位置づける戦略を策定することが可能となるでしょう。その文脈は大仰なエピソード記憶から生まれるものではないかもしれません。むしろ当事者すらも気づかないほどのささやかで自然なものである場合のほうが多いのではないでしょうか。ささやかで自然なエピソード記憶に対してこそ、自然なかたちでブランドを刻み込むことができるのです。

参考文献

  • ・Keller,K. L. (1998), Strategic BrandManagement: Building, Measuring, and Managing Brand Equity, Prentice Hall.
  • ・タルヴィング,E.(1991)「人間の複数記憶システム」『科学』61,263-270。
  • ・タルヴィング,E.(1985)「タルヴィングの記憶理論:エピソード記憶の要素」教育出版。
執筆者 (株)クロス・マーケティンググループ クロスラボ 主席研究員 水師 裕 (すいし ゆたか)

このコラムを見た方へのオススメ