第8回 “みんな”にとっての価値【利他性マーケティング】

利他性マーケティング
2016/6/30

利他性マーケティング~第8回 “みんな”にとっての価値

利他性マーケティング~第8回 “みんな”にとっての価値

「利他性マーケティング」とは

利他性とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向です。
近年、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害が後をたちません。
このような現象からも分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な側面を持っています。
ヒトの利他的な側面を洞察し、それに適応するマーケティング戦略を立案・ 実行する考え方が「利他性マーケティング」です。

 連載コラム「利他性マーケティング」の第8回目となる今回は「“みんな”にとっての価値」について考えてみたいと思います。利他性マーケティングの目的は、“みんな”にとっての価値を実現することにあります。“みんな”にとっての価値とは、社会にとっての価値(社会価値)、集団にとっての価値(集団価値)など、個人的な価値を超えて複数の成員からなるグループにとって享受される価値のことを指します。

 これまでのマーケティングでは顧客にとっての価値を個人ベースで捉える傾向がありました。例えば、機能的価値、情緒的価値、自己表現価値・・・などです。個人にとっての価値は、個人の欲望に目を向けており、いわばブランドと顧客との間の1対1の関係が前提とされているといえるでしょう。代表的なキーワードとしては、ブランドと顧客とのリレーションシップ、関与、コミットメントなどが思いつきます。

 ひるがえって、そのような顧客個人にとっての価値ではなく顧客“みんな”にとっての価値を考えてみると、自ずと「他者」の存在がクローズアップされてきます。“みんな”というからには自分だけでなく、何らかの他者にとっても意味がある必要があるからです。自分と他者の間には何らかの関係が生じますから、そこには消費者同士での影響の与え合う(相互作用)という視点が立ち現れます。この時、ブランドと顧客との関係性ではなく、顧客同士の関係性(相互作用)の中にブランドをどう位置づけていくかという視点の変換が伴います。ソーシャルメディアの分析などを思い起こしていただけると分かりやすいかもしれません。

 さらに考えてみると、“みんな”にとっての価値には「他者」の存在だけでなく「集団」の存在もクローズアップされてきます。集団には、家族、友人、町内会、地域、会社、民族、国、地球・・・など、小さいものから大きなものまで幅があり、様々な種類のものが想定できます。家族にとっての価値と、環境問題のような人類全体にとっての価値はともに“みんな”にとっての価値であるといえますが、それぞれの価値は直感的に何か違うメカニズムによって駆動されているような気がしませんか。“みんな”という場合、どのような“みんな”を想定するかによってその価値も千差万別であり、それに対応するマーケティングの方法もそれに対応したものになるでしょう。


 消費者“みんな”にとっての価値が実現されるには、消費者と消費者との関係の中で何らかの利他性が働く必要があります。ここでいう利他性とは、自分に何らかのコスト(損失、犠牲)が生じても他者の利益向上を図ろうとする心理的・行動的傾向のことをいいます(コラム第1回目参照)。コストには金銭など目に見えるものだけでなく、ちょっとした時間や労力などといったものも含まれます。例えば、相手の立場に立って物事を考える、相手に思いやりの気持ちを持つ、相手と自分の間に生まれるルールを尊重して行動してしまうなどの現象は、利他的行動として説明ができます。

 いくつか消費の例をみてみましょう。例えば、インターネットを介したロールプレイングゲームを仲間と一緒にプレイしている状況で、プレイ仲間の立場に立って物事を考え、思いやりの気持ちを持てば、そのチーム全体の成果にプラスの影響をもたらしチーム全体にとっての価値が形成されるでしょう。またそのように振舞えば、より仲間として認められ自分の居場所も確保できることでしょう。一方で、チーム内に生まれる特有のルールのようなものに束縛されつつも、そのルールを守ることがチーム全体(みんな)の利益に貢献することになるかもしれません。

 環境に配慮された商品の購入や廃棄行動は、大きいところでは人類全体、身近なところでは自分の住む地域、子どもたち世代に対する思いやりの気持ちに駆動されるかもしれません。それにより人類,地域,子どもたちといった枠での“みんな”の利益に貢献します。一方で、リサイクル行動のように、地域でルール化されたゴミ分別方法のようなルールに束縛され(習慣化されたかたちで)それに従った行為をしてしまうことがその地域全体(みんな)の利益に貢献することにつながるかもしれません。

 ある飲み会の幹事を任された場合の行動はいかがでしょうか。飲み会の参加者が楽しんでくれるかどうかなどの視点で飲み会を計画することで、飲み会参加者全体(みんな)の満足度が最大化することにつながるでしょう。幹事は参加者の満足具合いを見て自分も満足するかもしれません。

 このように、“みんな”の価値を高める消費行動は日常にあふれているといえるでしょう。こうした事例の類型化はまた別の機会に紹介するとしまして、利他性マーケティングでは、“みんな”にとっての価値階層を図1のように見ています。


【図1】利他性マーケティングの価値階層
出所:筆者作成。

 物事を意図する方向に動かすのがマーケティングの機能だとすれば、(1)“みんな”の範囲やルールを動かす、(2)“みんな”にとっての価値を洞察(発見)する、(3)“みんな”の価値を形成する、という大きく3つの達成が利他性マーケティングの戦略的な目標となります。

 利他性マーケティングが標的としているのは、図2にあるように自分にとっての価値(自己価値)と“みんな”の価値の重なる部分における価値です。図1にも示されているとおり、“みんな”には自分も含まれます。完全なる無私の精神によって、「他者のためだけに」、また「所属集団や社会のためだけに」行われる消費というものも無いことも無いのでしょうけれども、より現実的な状況に対応する意味で、このように標的化しています。利他性マーケティングは、“みんな”にとっての価値が実は自分にとっての価値でもあったという気づきを提供するという言い方もできるでしょう。


【図2】利他性マーケティングの標的
出所:筆者作成。

 クロスラボでは、利他性マーケティングを「消費者行動における利他性を理解し、それに対応するマーケティング戦略を立案、実行すること」と定義しています(コラム第1回目参照)。フィリップ・コトラーのマーケティング3.0やマイケル・ポーターのCSV(Creating Sheared Value)の概念などを引くまでもなく、自己価値のみの消費が頭打ちになる中、自己価値をも含む“みんなの価値”が支持される時代が到来しつつあります。人間の持つ利他性のメカニズムを理解することは、消費行動を俯瞰して見直すことにつながり、新たな問題解決の一助となる可能性を秘めています。

執筆者 (株)クロス・マーケティンググループ クロスラボ 主席研究員 水師 裕 (すいし ゆたか)

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