第9回 小さな規範と大きな規範【利他性マーケティング】

利他性マーケティング
2016/7/31

利他性マーケティング~第9回 小さな規範と大きな規範

利他性マーケティング~第9回 小さな規範と大きな規範

「利他性マーケティング」とは

利他性とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向です。
近年、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害が後をたちません。
このような現象からも分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な側面を持っています。
ヒトの利他的な側面を洞察し、それに適応するマーケティング戦略を立案・ 実行する考え方が「利他性マーケティング」です。

 今回のテーマは、規範(norm)です。人が利他的に行動する上で規範の役割は非常に重要です。規範とは、「~してはいけない」「~すべきである」といった行動ルールのことをいいます。利他性との関連でいえば、困った人をみたら見捨ててはいけない、助けるべきである、といった規範があり、それが影響して利他的行動が促されます。

 規範は、人を拘束する窮屈なものである反面、その共同体を維持するのに不可欠なものです。規範のまったく機能しない社会を想像してみれば分かりますが、極端にいえば、内戦が長らく続くアフリカの一部地域のようにそこは無法地帯のような社会となるでしょう。「~してはいけない」「~すべきである」といったルールが社会の中で共有化されていないなら、人々は善悪を参照すべき準拠枠の無い状態におかれ、各自で思いのままに振る舞う「何でもあり」が可能となります。

 

2つの規範

 規範は命令的規範(injunctive norm)と記述的規範(descriptive norm)に分けることができます(Cialdini, Kallgren & Reno 1991)。命令的規範とは、多くの人が「こうあるべき」「望ましい」と考えているだろうと知覚される規範です。記述的規範とは、実際に多くの人が取っている行動が適切な行動の基準であると知覚される規範です。

 例えば「赤信号では横断歩道を渡ってはいけない」という命令的規範があっても、「多くの人が赤信号でも横断歩道を渡っている」という状況に置かれた場合、あたかもその行動が適切な行動の基準(記述的規範)であるかのように知覚され、同調行動を取ってしまうのです。

 現代の日本社会においては、家族や地域社会などの中間共同体が崩壊しつつあり、このため誰もが共通に信じる絶対的価値観もおのずと崩壊しつつあるといえるでしょう。このような中、個別的で相対的な価値観が散在するようになり、人々の認識の多様化が促進されます。

 そうなれば、命令的規範よりも記述的規範の存在感の方が強くなるでしょう。社会全体で了解される共通価値は脆弱になり、それが絶対的な準拠枠としての命令的規範の機能不全を招きます。そして、個別的かつ相対的な記述的規範の役割が強くなっていきます。

 このことが意味するのは、記述的規範を人為的に作り出し、人々を同調によって動員することが容易になるということです。近年、政治や消費などの分野で、そうしたタイプのマーケティング活動が頻繁に目につくのは偶然ではないと思われます。

 

「集団プチ規範」がつくる不安

 友達、クラスメート、サークル仲間、恋人、家族、など2人以上の人が集まればそれは立派な「集団」ですが、その集団には個別的な規範が宿ります。これを「集団プチ規範」と呼びましょう。しかしそこでの集団プチ規範は、あくまでその集団内だけで通用するプチ規範なのであって、一般社会からみた大きな規範からは、まったくの逆の評価が下される場合が起き得ます。例えばオレオレ詐欺のような犯罪集団の内部では、様々なルール(規範)のもと利他的な協力関係が形成されているように見えます(鈴木 2015)。そのルールに従って行動をしていればその集団から承認が与えられます。

 それが一般社会からみて逸脱行為だったとしても、集団内でのプチ規範がその集団を守る意味を持つ場合、その規範はソーシャルグッド(あるいは、「集団グッド」)です。このように「Good」に相対化が起きるわけですが、しかし集団プチ規範は、その集団の存在が脆弱であればあるほど、脆弱にならざるをえません。このため、プチ規範にしか依拠できない場合、「本当にこれで良いのだろうか」というような不安が常につきまといます。

 小集団ごとに散在する集団プチ規範は、様々な利他的行動を強います。強いられる側は、その影響に非意識的であるかもしれません。そしてその規範の存在は、あたかもその集団を維持するために作用するかのように知覚されます。例えばスクールカーストのようなものを想像してみてください。しかしそれは、その集団の脆弱性に比例して常に不安と隣り合わせとなります。しかしながら、一度そのような規範ゲームに参加してしまえば、抜けるのもまた容易ではありません。脆弱とはいえ、そのプチ規範に従った行動を取っている限り集団から承認をもらえるので、承認欲求が満たされるからです。承認されない状況は社会的な死を意味するでしょう。

 消費分野でこのことを考えてみると、ソーシャルゲーム、フリマアプリ、シェア消費、恋人とのデートでの消費、飲み会の幹事など、日常的な消費行動の中にも利他的規範がアドホックに生成され、消費を一定程度規定しています。そうした中から利他的なプチ規範を発見し、それを刺激するところにマーケティングのチャンスがあるといえるでしょう。いわば集団プチ規範に強制されて駆動する利他性の発見にこそ同調メカニズムのヒントが隠されているといえます。

 

大きな規範は利他性を内在化している

 しかしながら、社会全体で合意できる共通価値、規範が全く存在しなくなったわけではありません。これをここでは「大きな規範」と呼びましょう。むしろ社会全体が合意できる大きな規範が希少性の高いものになりつつあるために、それへの要請が強くなってきているとも捉えられるのです。いいかえると、集団プチ規範にしか依拠できない不安を払拭するために、より普遍的な規範にアクセスすることで安心を手に入れたいということができるでしょう。

 大きな規範としては、例えば冒頭に示した「困った人をみたら助けるべきである」といった利他的な規範が挙げられます。こうした規範には大多数の人々が大筋で合意できるのではないでしょうか。もちろんその時々の事情によって助けることができない場合もありうるでしょう。しかしその考え方(規範)自体には大多数の人々が賛同できるものと思われます。

 我が国には、「その行動は、お天道様(おてんとさま)に対して恥ずかしくないだろうか」という言い回しがありますが、これはまさに誰もが共通に信じることのできる絶対的価値観・規範を「お天道様」になぞらえたものでしょう。お天道様の存在は希少なものになりつつある反面、現代社会では、その価値を高めつつあるのではないかと思われます。

 ここに、消費者ニーズが細分化しそれに対応するのに苦慮せざるをえないマーケットセグメンテーションを、もう一度、ある程度の大規模セグメントにまとめ上げる可能性を持つソーシャルグッドを活用したマーケティング機会が浮上します。ソーシャルグッドという用語は、社会においてみんなが合意できる共通価値・規範に参照した上で「Good」と判断される事物のことを指すので、したがってそれが最大公約数的な大規模ニーズになりうるという論理です。

 大きな規範というものは、おのずと利他性を合わせもつものなのかもしれません。つまり自分さえ良ければよいというような超利己的な価値観は、社会全体で合意できるものではありません。その意味でも、社会の成員全員が合意できる価値というものは「みんなにとっての価値」にならざるをえません。そこには他者を思いやる心や助け合う精神など、何らかの利他性が存在せざるをえないといえるでしょう。

 

大きな規範と小さな規範をつなぐ

 しかしながら、依然として社会全体で誰もが合意できる共通価値・規範の影響力が相対的に弱くなり、個別的・相対的な規範の影響力が強くなりつつある現代社会の状況からは目をそらすことはできません。そこで、集団プチ規範を社会全体が合意できうる大きな規範と連結させ参照させるという方向性にマーケティングの役割があると筆者は考えています。

 例えば、大きな規範として「環境に配慮した消費をすべき」というものがあったとしましょう。しかしこれだけだと実感がわかず、規範からの影響は限定的といえます。このとき、ある家庭ではゴミの分別をすることが習慣化しているとしましょう。つまりその家庭では「ゴミの分別をすべき」が暗黙的にプチ規範化しているわけです。そのご家庭の子ども達はもしかすると「家族のみんながそうしているから」という理由だけでプチ規範である「ゴミの分別をすべき」に従っているだけかもしれません。これは極めて記述的規範による同調行動であるといえるでしょう。

 しかし、そこに大きな規範である「環境に配慮した消費をすべき」がプチ規範である「ゴミの分別をすべし」と地続きであることを理解できれば、プチ規範への信念が強化される筈です。消費とは購入だけではなく、使用することや購入後の廃棄をも含んだ概念であること、地球環境の保全に対してゴミの分別がいかにして役に立つかという理屈、などが自分の頭で思考されるからです。

 一方で、もしかするとその思考の結果、「ゴミの分別が環境保全に役立っているのかどうか疑問である」という結論に達するかもしれません。しかしそれはそれでいいのではないでしょうか。それによって、より大きな規範レベルへの認識が芽生えたことになるからです。

 以上のように、小さな規範と大きな規範の連結・相互参照を図示したものが下記の図となります。

 

図:大きな規範と小さな規範の相互参照構造

参考文献

  • ・Cialdini, R. B., Kallgeren, C. A., & Reno, R. R. (1991) A focus theory of normative conduct: A theoretical refinement and reevaluation of the role of norms in human behavior. In M. P. Zanna. (Ed.),Advances in experimental social psychology. Vol.24, New York: Academic Press. pp.201-234
  • ・鈴木大介(2015)『老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体』 ちくま新書。
執筆者 (株)クロス・マーケティンググループ クロスラボ 主席研究員 水師 裕 (すいし ゆたか)

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