第10回 評判に敏感ですか?【利他性マーケティング】

利他性マーケティング
2016/8/31

利他性マーケティング~第10回 評判に敏感ですか?

利他性マーケティング~第10回 評判に敏感ですか?

「利他性マーケティング」とは

利他性とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向です。
近年、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害が後をたちません。
このような現象からも分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な側面を持っています。
ヒトの利他的な側面を洞察し、それに適応するマーケティング戦略を立案・ 実行する考え方が「利他性マーケティング」です。

目に見えない報酬としての「評判」

 ヒトには自ら損をして相手に得を与える利他的な行動をする性質があります。連載コラムの第一回目でみたように、進化生物学的な仮説として、ヒトにとって利他的な性質をもつことが生物として生き残る上で適応的だったからであると指摘されています。

 そのような仮説の中に間接互恵性(indirect reciprocity)の原理があります。これは日本人にもなじみの深い「情けは人の為ならず」のことをいいます。これは、他者に利他的に振舞うと、それがめぐりめぐって自分に何らかのプラスとなって返ってくるだろうという諺のようなものです。おそらく、先人たちが長い歴史の中で、そのようにめぐりめぐって自分に返ってくるような帰結を多く経験することによって諺になったのでしょう。似たような諺が他の国にもあるようですので、そのくらい普遍的な話なのかもしれません(e.g. A kindness is never lost. ; One good turn deserves another.)。

 道を聞かれて答えたり電車で席を譲ったりなど、見ず知らずの相手に対して、また、その相手から直接見返りがない場合においても、なぜヒトは利他的になれるでしょうか。それは「評判」(reputation)という報酬をめぐりめぐって獲得できるからである、と進化生物学や進化心理学では説明されています。これは報酬に対して自覚的とはいえない、目に見えない報酬としての「評判」であるといえそうです。

 

目に見えない報酬としての「評判」画像1

評判に敏感な「ヒト」

 それでは、なぜ評判が重要なのでしょうか。それは、利他的行動を通じた他者からの評判を獲得すれば、自分が困ったときに他の誰かから助けてもらいやすくなるからです。つまり間接互恵性は、生物としてのヒトの生存確率を高める適応的な対応といえるわけです。そして、評判を媒介としながらお互いに助け合う集団は集団としても存続しやすいと考えられます。想像でしかありませんが、狩猟時代に獲物を取れなかった者に獲物を分け与える性質を持つヒトのような生物種は集団として生き残りやすかったのでしょう。

 間接互恵性を実証する「第三者の目」に関する実験を紹介しましょう。実験参加者が他の実験参加者に対して金銭を配分するようなゲームを行ってもらい(金銭の配分は利他的行動と捉えられる)、ゲーム中に「目の絵」を提示された実験参加者で配分する金額が多くなったといいます(Haley & Fessler 2005)。この目の絵を「ロボットの目」にしたり(Burnham & Hare 2007)、「単なる丸のような図形」で提示したりするだけでもその効果はみられたというから驚きです(Rigdon, Ishii, Watabe & Kitayama 2009)。これは単なる目の絵のようなものが第三者の存在を実験参加者に喚起させ、評判への反応を高めたものと推察されます。

 これらの実験から示唆されるのは、利他的行為に関する評判の獲得は意識的(目的的・合理的)になされるわけではないという点です。上記のような実験では相手が誰なのか分からないようになっており、実験の後、交流をもつことも不可能です。それにも関わらず、第三者の目の存在があるだけで利他的行動は向上しました。

 ヒトの行動は必ずしも事前の思考によって引き起こされるとは限りません。むしろ、行動をしてから後付けでその理由を付与することの方が多いという指摘もあります(cf. 下条1996)。その意味で、間接互恵性による評判の獲得は、非意識的ともいえる自動処理的な認知メカニズムに関係しているといえるでしょう。これは非意識的・自動的に反応するくらいにヒトは自分の評判獲得に対して敏感にできているらしいことを意味します。進化生物学的な言い方をすれば、進化の過程で間接互恵性をもつことがヒトにとって適応的だったため、間接互恵性の傾向は現代を生きるヒトにはインプットされている傾向であるということになります。

 

評判を利用して利他的な「場」をつくる

 利他性マーケティングは、消費の場面で発動される間接互恵性のような利他的な性質から消費を調べ、それに対応することを意図しています。より具体的にいうと、「消費者行動における利他性を理解し、それに対応するマーケティング戦略を立案、実行すること」というように定義できます。

 利他性マーケティングでは、消費者の利他的行動には、その見返りとなる報酬(返報)が必ずあると捉えます。報酬はほとんどの場合、自覚されない・見えない報酬である場合が多いと考えられます。無償の愛のような事象もあるのでしょうが、あくまで対象とするのは、見えない報酬を得ることが非意識的(無自覚的)に働く利他的行動となります。この意味で、利他性マーケティングにおける利他性の見方は「利他的自己主義」ということになります(ヒトは報酬のために利他的行動をとるという見方)。

 例えば、社会課題の解決に取り組む企業を応援する、容器リサイクルを心がける、友達にプレゼントを贈る、ソーシャルゲームのマルチプレイで助け合う、フリマアプリで相手にとってわかりやすいように商品説明と写真をアップする、空気を読んで買うモノを目立たない水準に合わせる、・・・というように、日常的な消費者行動の中には様々な利他性が発動する場面があります。そしてその利他性の背後には必ず見えない報酬が存在するはずです。そして、その報酬とは何かを洞察することが消費者の利他性を理解するために必要不可欠となります。

 とりわけ間接互恵性の見方からいうと、利他性マーケティングは力ずくで説得的な働きかけをするのではなく、思わず消費者が利他的に振舞ってしまうような「場」そのものをつくることを志向します。それは、見えない報酬を把握することを通じ、先にみた「第三者の目」に類する存在をそれぞれの消費の場面に合ったかたちでセッティングし、評判という報酬に対して消費者が自動反応してしまうような場づくりのことを指します。「場」はネット上にあってもリアル空間にあってもかまいません。また何らかの既存の「場」を再構成することも含みます。

 イメージに近いのは、地域で行われる夏祭りなどで掲げられるちょうちんに、その祭りに協賛した商店や企業の名前が掲示されるような「場」です。協賛したのは決してちょうちんに自らの名前が刻まれることだけが目的ではない、直接その動機を協賛主に聞けばそう答えるでしょう。むしろ、地域社会の発展に貢献したい、あるいは、その夏祭りを盛り上げたい、という利他的な動機を答えると思われますし、それに嘘はないでしょう。

 しかし、間接互恵性の原理からみると、実はその裏側には目に見えない報酬、つまり評判獲得に対して非意識的に反応する傾向がヒトには備わっているのです。そう考えると、夏祭りのちょうちんには第三者の目のような効果があると想定されます。協賛者の名前が記されたちょうちんは、協賛という利他的行動を自然に喚起する日本人の知恵だと関心させられます。

 利他性マーケティングでは、見えない報酬の発見から夏祭りのちょうちん的なるものをマーケティングによって創出し、ちょうちん的なるものを機軸とした利他的な「場」を構成(再構成)することを目指します。その結果、人々はひとりでに利他的に振舞うことになるでしょう。もちろんその利他的な振る舞いは結果として自社のブランドに向かっていくように設計されていなければなりません。物事を望む方向に動かす装置をマーケティングと呼べば、利他性マーケティングはこうしたヒトの利他的基盤を喚起させる装置であるといえます。

 

参考文献

  • ・Burnham & Hare (2007), “Engineering Human Cooperation: Does Involuntary Neural Activation Increase Public Goods Contributions?,” Human Nature, 18, 2, 88-108.
  • ・下條信輔 (1996)『サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ』 中公新書。
  • ・Haley & Fessler(2005), “Nobody‘s watching?Subtle cues affect generosity in an anonymous economic game,” Evolution and Human Behavior, 26, 3, 245-256.
  • ・Rigdon, Ishii, Watabe & Kitayama(2009) “social cues in the dictator game,” Journal of Economic Psychology, 30, 3, 358-367.
執筆者 (株)クロス・マーケティンググループ クロスラボ 主席研究員 水師 裕 (すいし ゆたか)

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