第13回 仲間の範囲はどこまで? 神話と利他性【利他性マーケティング】

利他性マーケティング
2016/11/30

利他性マーケティング~第13回 仲間の範囲はどこまで? 神話と利他性

利他性マーケティング~第13回 仲間の範囲はどこまで? 神話と利他性

「利他性マーケティング」とは

利他性とは、自分がコストを負担して他者に利益を与える心理的傾向です。
近年、「振り込め詐欺」「やりがい搾取」など、利他性につけこんだ被害が後をたちません。
このような現象からも分かる通り、ヒトは思わず他者を助けてしまう非合理な側面を持っています。
ヒトの利他的な側面を洞察し、それに適応するマーケティング戦略を立案・ 実行する考え方が「利他性マーケティング」です。

 グローバリズムの旗を率先して振ってきた米国や英国が反グローバリズムに転じつつあります。米国の大統領選の結果や英国のEU離脱などを評して、「内向きなのはけしからん!」というような意見も散見されます。このように、グローバリズムの反対語である反グローバリズムを単純に「内向き」と設定してしまう論点設定のしかたが非常に興味深いと感じました。グローバリゼーション(economic globalization)、国家主権(national determination)、民主主義(democracy)の3つを同時追求すると、どれか一つが犠牲になるトリレンマを強いられるという、経済学者ダニ・ロドリックの「政治のトリレンマ」の議論などを思い出すと、その是非はともかく、話はそんなに単純ではないという気がするからです。

 米国や英国は、それが国民の総意ではないにせよ、これからは国家を超えた集団に対する利他性ではなくて、自国内への利他性を重視すると宣言しているかのようにみえます。しかしそもそも、国家を超えた集団、例えば世界人類全体への利他性の実現は可能なのでしょうか。これはいいかえると、「ヒトは仲間意識をどこまでの範囲で持つことができるのか」という疑問です。


 進化心理学のロビン・ダンバーの「社会脳仮説」では、大脳新皮質の相対的な大きさが、うまくいく仲間の数(社会グループの大きさ)に比例しているといいます(ダンバー 2011)。ダンバーによる試算では、人類が仲良く社会的ネットワークをつくれるのは約150人までであるとのことです。この仮説が正しければ、会社の部署や軍隊の部隊などの小単位も上限がこのくらいがちょうど良いのかもしれません。SNSでそれ以上の他者とつながっていても、実際こまめに信頼をもって付き合うことのできる相手はこのくらいのサイズなのではないでしょうか。このように、ヒトが仲間と意識できる範囲には何らかの認知的制約がありそうです。

 一般的に仲間との関係は、お互いの間に何らかの信頼の基盤がないと長続きしないものです。信頼は、お互いに裏切らず利益を与え合うことが了解されて初めて成立します。つまり相手が自分に対して利他的に振舞ってくれるだろう、という期待への確信があって「お互い様」の関係が成立するのです。過去に利他的に振舞ったのに相手からそのお返しがなかったり裏切られたりした場合、その後ひきつづいてその相手に利他的に振舞う合理的な理由は見当たらなくなるでしょう。

 そう考えれば、確かに「お互い様」の関係を形成できるのは上限150人くらいがぎりぎりのサイズなのだという気もしてきます。実際に相手が信頼に足りる相手かどうかをいちいち検証するには膨大なリスクとコストが生じるからです。もちろん進化心理学の研究では、裏切り者を見抜く直感的能力や、相手の評判を媒介として裏切り者かどうかを見抜く認知システム(間接互恵性)がヒトには備わっているという指摘があります。しかしそれにしても、膨大な数の他人への信頼性をひとつひとつ見分けるのには認知能力的な限界があることには変わりありません。


 それでは、もっと大きなサイズ、例えば会社、国家、地球といったサイズで、直接的な「お互い様」の関係が築けないまでも、仲間意識を感じることは可能なのでしょうか。この点について、世界的なベストセラーになった『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社)に興味深いことが書かれていました。ホモ・サピエンスである我々ヒトがここまで地球を支配できるくらいまでに増殖したのは、「神話」を信じることができたことによるそうです。これはつまり、無いものをあたかもあるかのように信じられる力のことをいいます。

 確かに、宗教、貨幣、国家、株式会社、ブランド、経営理念・・・といったよくある概念は、無いものがあたかもあるかのようにヒトが信じるものです。こうした神話を信じる能力によってヒトは大量の協力行動(相互の利他的行動)を動員することが可能となります。多くの他の生物は、神話を旗印に数万人単位でも平気で徒党を組めるホモ・サピエンスには太刀打ちができないのです。サピエンス以外の生物にも協力行動はみられますが、神話を信じる力は備わっていません。

 もちろんヒトに神話を信じこませるのも大変な作業といえるでしょう。ダンバーの社会脳仮説に従えば仲良くできるのは約150人、つまり「顔の見える相手」との利他的関係が現実的なレベルであるところに、無理やり「会社の同僚はみな仲間」「自国民はみな仲間」「地球人類みな仲間」といった神話を信じ込ませるのは容易ではないでしょう。神話を作り出し実効化しようとするときには、ヒトの認知機能には仲間意識が及ぶ範囲に限界(利他性が飛ぶ範囲)があることを常に意識する必要があります。

 このようにヒトの仲間意識には限界があることを尊重しながら神話の構築と実効化を行うことこそがいまマーケティングに求められている作業であるといえます。社会課題の解決、政治、宗教、平和、…というように製品やサービスを超えて様々な領域にマーケティングの概念が拡張している現在、そのような視点は重要な意味を持つと思われるからです。

 もちろん神話の創作は、お互いが利他的に振る舞える包摂的な環境の構築を目的になされるべきです。つまり、関わった誰もが受益者となる(あるいはなれる)という期待を対象者に対して十分に確信させるものであるべきでしょう。

 また、経営理念やブランドといった神話を無視し、目先の利益だけが重視されれば、本来ホモ・サピエンスが持っている利他的・協力的な基盤から生み出される徒党を組む強大な力を台無しにしかねません。マーケティングやビジネスにおいて、ホモ・サピエンスである我々が持っている本質的な性質に立ち戻って考える時期がきているような気がします。またこのとき、利益の代表選手である「カネ」という存在もまた神話であることも忘れてはならないでしょう。


参考文献

  • ・ダニ・ロドリック(2013)『グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道』白水社。
  • ・ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』河出書房新社。
  • ・ユヴァル・ノア・ハラリ(2016)『サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福』河出書房新社。
  • ・ロビン・ダンバー(2011)『友達の数は何人?―ダンバー数とつながりの進化心理学』インターシフト。
執筆者 (株)クロス・マーケティンググループ クロスラボ 主席研究員 水師 裕 (すいし ゆたか)

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