- Future Marketing
差異化が難しい時代にKDDIが取組む期待を超える体験価値
【前編】「過去」のケータイが「未来」の思い出に生まれ変わる
2019 / 05 / 17
KDDIは、電源の入らなくなった過去の携帯電話を充電・再起動するイベント「おもいでケータイ再起動」を2017年から実施している。自社ブランド「au」に限らず、他社の製品にも対応し、古い携帯電話に残っているおもいで(データ)を顧客の手元に届けてきた。通信業界では価格競争による顧客の争奪戦や5G、IOTといった最先端の技術に脚光が当たる機会が多いなか、セールスでもなく、生活者のおもいでに焦点を当てたサービスを始めたのはなぜか。イベントを企画・運営しているKDDI コミュニケーション本部 宣伝部 ブランドプロモーショングループ グループリーダー 西原由哲氏に聞いた。
生活者に寄り添っていた携帯電話がコンテンツになる
堀:「おもいでケータイ再起動」は、御社の応接室がきっかけだそうですね。西原:以前、広報部にいたときに、当社が販売した歴代の携帯電話が揃っている応接室の存在を知りました。私自身も初めて入ったときは釘付けになりましたし、お客さまもこの部屋では本題の前にひと盛り上がりしていただけます。また、当時auを使われていない方でも「友達が持っていて懐かしい!」「これ欲しかったんです!」といった反応なんです。そのとき、これは一つのコンテンツとして成立するのではないかと思いました。
そこで「auケータイ図鑑」というウェブ上のコンテンツを作りました。古くは肩掛け式の「ショルダーフォン」から最新のものまで、歴代のauケータイ750機種以上を図鑑として掲載しています。なかには実機の画像を図鑑用に新たに撮影したり、当時のカタログに掲載していた訴求ポイントもデジタルデータが無いものは人力で打ち直したり、ガラケーは起動時のロゴや音にも特徴があったので、これも撮影・録音しなおしました。
また、チームメンバーもそれぞれが持っていた昔の携帯電話を持ち寄って起動させてみると、みんなタイムカプセルを開いたかのように当時を思い出し、とても心が動かされました。その時に、“これは我々だけでなく、たくさんの方々にも喜んでもらえるんじゃないか?”と考えました。「おもいでケータイ再起動」を企画した瞬間です。ただ、今も昔の携帯電話を持っている方は少ないのかもしれない…という懸念はありました。
「auケータイ図鑑」は、公開初日にはサーバーが一時落ちてしまうほどアクセスがあり、見た人のなかには、ソーシャルメディアなどに自分が持っている昔の携帯電話の画像を投稿する人も出てきました。そこで姉妹サイトのような形で、生活者が自分の過去の携帯電話を投稿できる「みんなのケータイ図鑑」も公開しました。
イベントを開催するにあたり、auケータイ図鑑の企画中に感じたことや公開後のお客さまの反応から得た感覚を数値化するために調査も行いました。その結果としては、古い携帯電話を持っている人は9割、持ち続けている理由は写真や過去のメールが残っている、デザインが好き、思い入れがあるといったものでした。さらにその携帯電話の電源が入るという人は4割、それ以外の人は入らないかわからないという人。充電器についてもなくしたという人もいました。多くの人が昔の携帯電話を持っているが、もう電源が入らずに諦めてしまっていることがわかり、イベントを開く説得力にもなっています。また、この調査結果はたくさんのメディアにも引用いただき、活動の背景として欠かせないファクトとなっています。
ここで新たな壁が大きく立ち塞がりました。実は、携帯電話は一定期間充電せずにおくと、過放電や全放電という状態になってしまい、起動すらできなくなってしまうことが判明したのです。最初は電源と充電器があればと考えていたのですが、この問題が発覚し、行き詰まってしまいました。3か月ほど社内を駆け回ったところ、技術部門から、電池の残量を調べるために作られた「テスター」という機械がバッテリーに電気を流す機能を持っていることがわかり、イベントの実現につながりました。
企画の根底に流れているのは、「お客さまが諦めていることをKDDIのアセットで解決したい。そのために全力でやり抜く。今回で言うと、電源が入らなくなってしまった携帯電話を復活させ、大切な思い出を再びよみがえらせる。これがお客さまにとっては期待を超えた体験価値となるのではないか」という考えです。
携帯電話を起点にお客さまとスタッフがともに喜び、涙する
堀:今は携帯電話のデータはクラウドに移行できますし、特にスマートフォンの場合は携帯電話そのものに思い入れは少ないかもしれません。ガラケーの時代はデータ保存の選択肢にも限りがありましたし、機種の選択でも個性が出せたような気がします。西原:確かに今よりは新機種発表が大きくニュースになり、楽しみにしていた方も多く、色や形、メーカーなど、お客さまにもこだわりや思い入れがより強かったような気がします。携帯電話そのものはツールですが、日常を共に過ごすパートナーのような存在です。これはスマートフォンになっても変わらないと感じていますが、このイベントはそのことを再定義する意味もあると考えています。
西原:「とりあえず何が入っているのかわからないけど、一度見てみたい」という方も多いです。目的がある方は、家族やペットが亡くなって、その写真やメール、留守番電話などをもう一度、という目的です。大阪で開催したときに、わざわざこのイベントのために横浜や福岡から新幹線で来た、という方もいらっしゃいました。
目的は人それぞれで、“早くに亡くなったお母さんからの留守番電話を聞きたい”、というものや“結婚式で使いたいから付き合っていた頃の写真をもう一度取り出したい”など十人十色です。“プロポーズされたときの言葉を忘れないようにメモしたデータを思わず発見した”といったサプライズもありました。お客さま一人ひとり、携帯電話一台一台でも内容は違っていて、私たちもお客さま一人ひとりの人生の短編集を読んでいるような感覚になります。エピソードの一部は特設サイトでもご紹介していますので、ぜひご覧ください。
どんなデータでも、対応する我々スタッフとお客さまが一緒に泣いたり、笑ったりということは共通しています。携帯電話の電源が入ると同時に、お客さまと我々の表情もパッと明るくなるんです。スタッフとお客さまは初対面にもかかわらず、データを起点にお客さまからプラベートな話をしはじめ、スタッフもそこに引き込まれて、その場があたたかい空間になります。
イベントから一旦帰って、「ありがとう」と差し入れを持って来てくださるお客さまもいて、私たちもそのようなイベントは経験がなかったので、スタッフ共々驚くことも多いですし、感謝されるとやはり嬉しさもあります。
西原:このイベントは、お客さまが諦めていた携帯電話の中の思い出を復活させて喜んでいただいていますが、それだけではない価値も生まれているように感じています。
当時は辛い記憶でも、今あらためて見て、過去の自分と向き合うことで前向きな気持ちを取り戻したり、疎遠になってしまっている友人との写真を見て、また連絡してみようと思ったり、同窓会のきっかけになったケースもありました。昔の携帯電話から見つかった「過去」が「未来」の思い出につながる、これは大きな体験価値の提供だと考えています。
~後編に続く(5/31公開予定)~
KDDI株式会社
コミュニケーション本部 宣伝部 ブランドプロモーショングループ グループリーダー
西原 由哲
株式会社クロス・マーケティンググループ
リサーチ・コンサルティング部 コンサルティンググループ コンサルティングディレクター
堀 好伸
<プロフィール>
生活者のインサイトを得るための共創コミュニティのデザイン・運営を主たる領域とする生活者と企業を結ぶファシリテーターとして活動。生活者からのインサイトを活用したアイディエーションを行い様々な企業の戦略マーケティング業務に携わる。「若者」や「シミュレーション消費」を主なテーマに社内外でセミナー講演の他、TV、新聞などメディアでも解説する。
著書に「若者はなぜモノを買わないのか」(青春出版社)、最近のメディア出演「首都圏情報 ネタドリ!」(NNK総合)、「プロのプロセスーアンケートの作り方」(Eテレ)