スペック競争から「意味の共感」へ。 情報過多時代にブランドと生活者の「深層的つながり」をつくるインサイト開発
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株式会社クロス・マーケティング
コンサルティング本部 シニアコンサルタント
堀 好伸
生活者のインサイトを得るための共創コミュニティのデザイン・運営を主たる領域とする生活者と企業を結ぶファシリテーターとして活動。
生活者からのインサイトを活用したアイディエーションを行い様々な企業の戦略マーケティング業務に携わる。
「若者」や「シミュレーション消費」を主なテーマに社内外でセミナー講演の他、TV、新聞などメディアでも解説する。
著書に「若者はなぜモノを買わないのか」(青春出版社)、最近のメディア出演「首都圏情報 ネタドリ!」(NNK総合)、「プロのプロセスーアンケートの作り方」(Eテレ:https://www.nhk.or.jp/school/sougou/active10_process)
この記事は、2026年1月14日に開催された外部カンファレンスでの登壇内容を基にポイントを解説しています。
「インサイトマーケティング」で繋がるブランドと生活者の“エンゲージメント”をつくるインサイト開発術
1. 1日1万件の情報に埋もれる現代――なぜスペックの追求では届かないのか
現代の生活者は、1日に4,000〜10,000件もの商業的なメッセージに接触しています。デジタルコンテンツに注意を向けられる時間は、かつての12秒からわずか8秒にまで短縮され、アルゴリズムによる「マイクロトレンド」が乱立する時代です。このような情報過多の中で、他社との違いを認識してもらい、顧客とつながることは極めて困難になっています。
これまで多くの企業は、使いやすさや基本性能といった「製品力(基本価値・便宜価値)」の領域で競い合ってきました。しかし、優れた製品で溢れる現代において、機能面での差別化は限界を迎えています。いま生活者は、商品の「良し悪し」ではなく「好き嫌い」で選ぶようになっており、購入や使用がもたらす「意味や物語」にこそ対価を支払う「イミ消費」へと移行しているのです。
この「深層的つながり」の構築に成功しているのが、任天堂や無印良品です。任天堂はスペックの追求以上に「独創的な遊び」を優先し、無印良品は「これがいい」ではなく「これでいい」という普遍的な美学を貫くことで、生活者との強固な絆を築いています。

2. 「データの民主化」が招くブランド分断という罠
顧客理解を深めるため、多くの企業がデータ活用を進めています。近年、BIツールやセルフ型リサーチ、ソーシャルリスニングの普及によって「データの民主化(内製化)」が急速に進みました。専門会社に頼らずとも、低コストで迅速に顧客の意識データを取得できる環境が整ったことは、大きな進歩です。
しかし、ここに落とし穴があります。データ取得のハードルが下がった結果、マーケティング、販促、開発、営業といった各部門が、それぞれの業務に都合の良いデータだけを部分的に活用する「個別最適」が起きやすくなっているのです。
ブランドや事業としての「共通の顧客認識」がないまま各部門がバラバラに動けば、顧客への施策はチグハグになり、ブランドの価値はかえって希薄化してしまいます。データの民主化は、一歩間違えればブランドを分断するリスクを孕んでいるのです。

3. 「独自性」と「普遍性」を繋ぐインサイトアプローチ
では、一貫性のあるブランド体験を提供し、顧客と深くつながるにはどうすればよいのでしょうか。鍵となるのは、ブランド価値における「独自性」と「普遍性」の両立です。
- 独自性(Who/How): そのブランドだからこそ示せる「人格・個性(ブランドパーソナリティ)」
- 普遍性(What): 時代やシーンでブレない、人間の潜在的かつ本質的な欲求「Beニーズ」
これら2つを孤立させるのではなく、ガッチリと「接続」させることが重要です。しかし、世の中にはブランドの人格(パーソナリティ)を規定する理論や、顧客のインサイト(Beニーズ)を探る調査手法はあっても、それら2つをセットで捉えて体系化するメソッドは多くありません。
そこでクロス・マーケティングでは、「BrandLink Compass」を提供しています。マレーの欲求リストを基にした独自の生活者分類と、ブランドのアーキタイプ(人格)を対応させることで、調査で得られたイメージや体験を「顧客にとっての本質的な体験価値」へ正しく変換し、ブレない一貫したブランド文脈を設計することが可能になります。

4. 【事例】八海山が挑んだ「昔の定番」から「日本酒の中心」への変革
このインサイトアプローチによって、ブランドの再定義に成功したのが日本酒ブランドの「八海山」です。
「よりよい酒を、できるだけ多くの人に」という理念のもと、高品質な酒を身近なコンビニやスーパーに流通させることで、八海山は大衆的な地位を確立しました。しかし近年、競合ブランドの台頭により、「選ばれる理由」が徐々に希薄化しているという課題を抱えていました。
調査の結果、食事を引き立たせる強みは認知されているものの、良くも悪くも「昔ながらの大衆定番酒」というイメージで固定化し、今の消費者から選ばれる理由が限定的になっている現状が浮き彫りになりました。
そこで「尖りがない中庸」ではなく、「こだわりを持って個性より定番を追求する『日本酒の真ん中(中心)』である」 という優位性へと再定義を行いました。「職人気質」というキーコンセプトを軸に、日本中・世界へ日本酒の飲用機会を創出していくストーリーを設計したのです。
このブランドストーリーの設計を契機として、八海山ではアルコールカテゴリーの構造整理、商品ポートフォリオの刷新、さらにはコミュニケーション戦略や営業戦略の見直しまでを、全部門が一貫した目的意識のもとで実行しています。
5. AI時代だからこそ、人間による「価値の定義」がブランドの生存を分ける
今後、生成AIの普及により、デザイン、クリエイティブ、アイデエーションといった「表現や制作」のコストは劇的に低下し、品質水準も向上していくでしょう。誰もがハイクオリティな施策を瞬時に実行できる「夢のようなマーケティング活動」がすぐそこまで来ています。
しかし、だからこそ「価値の規定(Who-What)」がこれまで以上に重要になります。顧客の本質的欲求(Beニーズ)に紐づくブランド価値が明確に定義されていなければ、AIが生成するクリエイティブは、生活者に「なんとなく共感されそうな、見た目だけが良い、違いのない一般論」に終始してしまいます。結果として、ブランドはさらに希薄化するリスクに晒されるのです。
情報が溢れ、表現技術がコモディティ化するAI時代において、顧客と「深層」でつながり続けるために。いま改めて、自社のブランドが提供する「本質的な価値」を精度高く定義することが求められています。

