グローバルサウス市場における参入戦略立案の具体的方法 vol.2
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株式会社gr.a.m
常盤 僚平
大学卒業後、日本IBMに入社。戦略コンサルタントとして、総合化学メーカーや大手通信会社を中心に、テクノロジーを用いた事業戦略構築支援、業務改革、システム導入を幅広く経験。
gr.a.mに入社後、日系FMCG(食品・飲料・日用品・化粧品など)企業の海外進出支援を経験。特にアジア市場(東南アジア・中国・インド)を中心に多数の支援実績を有する。
1.市場環境の可視化
海外市場への参入戦略を検討する際には、市場規模の推計を通じて「どれだけのポテンシャルがあるのか」を定量的に把握することが重要です。特にFMCG製品のような大量消費財においては、TAM(全体市場)、SAM(ターゲット市場)、SOM(獲得可能市場)の3段階で構造的に市場を評価することが有効です。推計には「トップダウン式」「ボトムアップ式」「競合シェア逆算式」の3手法があり、それぞれ統計データ・販売数量・競合情報を起点としています。例えば、インド市場で歯磨き粉を扱う場合、人口や使用頻度、消費金額からTAMを約14億ドルと試算し、ターゲット層を中間層以上に絞ることでSAMを12億ドル、さらに初期3年間でのシェアを5%と見込んでSOMを1,000万ドルと推定することが可能です。

加えて、都市部と農村部の地域格差も見逃せません。例えばインドでは、歯科医の登録数に州ごとの大きな偏りがあり、マハーラーシュトラ州やカルナータカ州に集中している一方で、ビハール州やナガランド州などでは歯科医の数が極めて限られています。このような地域特性を踏まえることで、実需が高いエリアや未開拓市場を的確に見極め、エリア別の優先順位付けやチャネル戦略の最適化が可能になります。参入判断の精度を高めるには、こうした定量・定性の多面的な市場把握が欠かせません。

出典:Dental Council of India「Total Registered Dentists」
https://dciindia.gov.in/DentistRegistered.aspx
2.競争環境の可視化
海外市場において成功するためには、「どのような競合が存在するのか」「自社はどこで戦うのか」を正確に把握することが欠かせません。その第一歩が、現地における競争環境の可視化です。とりわけFMCG分野では、外資系を含む主要メーカー20~30社をリストアップし、価格帯、販売チャネル、プロモーション施策、流通体制などを整理することで、自社の戦略設計に重要なインサイトを得ることができます。
例えば、口腔ケア市場における代表的なプレイヤーとして、Unilever、Colgate-Palmolive、GSK、Johnson & Johnsonなどが挙げられます。各社はそれぞれ「Closeup」や「Colgate」「Sensodyne」などのブランドを展開し、製品ラインアップの幅やポジショニング、卸先との関係、ECへの対応などにおいて特徴を持っています。
Colgate-Palmolive Indiaの事例をみてみると、同社はインド国内で約2,200名の従業員を抱え、歯磨き粉・歯ブラシ・洗口液を含む幅広いラインアップを展開。市場シェアは約50%に達しており、伝統的小売(TT)・近代的小売(MT)・ECをバランスよく活用しながら、Shopeeなどの大手ECモールでも積極的な販促を展開しています。
さらに、ベンチマーク企業に対しては、調達・製造、商品開発、販売・流通、マーケティング、CRMといった5つの視点で深掘り調査を行うことが推奨されます。特にFMCG分野では、流通構造の違いやマーケティング施策の巧拙が売上に直結するため、チャネル構成比やプロモーション費用の配分、BLT/ALT(店頭陳列)の実施状況など、現地の商習慣に基づいたきめ細かい観察が必要です。
このような分析を通じて、未充足市場や競合との差別化ポイントを特定し、ポジショニングマップの作成や販売戦略の精度向上につなげることができます。競争環境の可視化は、単なる競合調査ではなく、戦略構築の核となる実践的な工程といえるでしょう。
出典:Colgate-Palmolive (India) Ltd.「Annual & ESG Report 2022–23」
https://www.colgateinvestors.co.in/annual-report

3.消費者の可視化
海外市場における事業展開を成功させるためには、現地消費者の嗜好や購買動機、価値観を深く理解する必要があります。特に新興国・グローバルサウス市場では、言語・文化・生活習慣の多様性が大きいため、表面的な調査ではなく、定性・定量を組み合わせた多角的なアプローチが不可欠です。
まず重要なのは、消費者理解の起点となる「ソーシャルリスニング」と「アスキング(アンケート・インタビュー)」のハイブリッド設計です。SNS上での投稿やレビューを分析することで、消費者の“本音”を自然言語ベースで把握し、商品やブランドに対する評価、改善要望、使用実態を浮き彫りにすることができます。一方で、調査設計に基づいたアンケートやデプスインタビューを実施すれば、特定の仮説や聴取したい項目に対して体系的にデータを取得することが可能です。
具体的な調査プロセスは3ステップで構成されます。
Step1ではデスクリサーチやソーシャルリスニングを通じて、現地文化、購買行動、競合ブランドの状況を整理し仮説を構築。
Step2では定性調査により、消費者の価値観・ライフスタイル・ブランド選好などを深掘りし、仮説をブラッシュアップします。
Step3で定量調査を行い、市場セグメントのサイズや購買傾向を統計的に検証・一般化します。

例えばインド市場では、都市部と農村部、北部と南部などで宗教・言語・食文化が異なるため、都市圏ではオンライン調査、農村部では訪問調査など、地域特性に合わせた柔軟な設計が求められます。加えて、定性調査では18~45歳の中高所得層を対象に、パーソナルケア、飲料、食品カテゴリ別の購買意識や価値観を把握します。定量調査では最低800〜1,200サンプルを回収し、年代・都市・収入階層別に分析することで、セグメント別に戦略を描くための基盤が整います。
このように、消費者調査は単なる「データ収集」ではなく、戦略立案の核となる「インサイト発掘」のプロセスです。市場参入を成功させるには、精緻で多層的な調査設計が欠かせません。
4.産業構造・流通環境の可視化
新興国市場におけるFMCG製品の展開では、流通構造の理解とチャネル戦略の設計が成功の鍵を握ります。特にインド市場では、伝統小売(TT)、近代小売(MT)、ECの3チャネルが共存しており、それぞれに異なるプレイヤーと流通構造が存在します。TTは全体売上の約80%を占め、サプライチェーンはSuper Stockist〜Distributor〜Wholesaler〜Retailerと階層的に連なり、農村部にも広く浸透しています。一方、MTではディーラー経由でRelianceやD-Martといった大型小売に供給され、効率的かつ都市部への展開に適しています。近年はEC・Qコマースの成長も著しく、EC比率は10%に達しています。
Colgate-Palmoliveは、各地域にRS(再販ディストリビューター)を配置し、専属的な供給体制を構築。エリア独占やマージンインセンティブによって流通を強化しています。今後は、チャネル間の統合(オムニチャネル)やQコマース対応が大きな戦略課題となるでしょう。
5.ディストリビューターの可視化
新規市場への進出にあたり、自社単独で販路構築を行うのは現実的ではありません。現地での販売を成功させる鍵は、信頼できるディストリビューター(販売パートナー)を選定・提携し、共に市場開拓を推進することにあります。そのためには、候補企業のリストアップから実務交渉に至るまで、段階的かつ慎重なアプローチが求められます。
まずは、提携先の業種や地域に応じて50〜100社を対象としたロングリストを作成します。その後、事業規模や創業年数、ビジネスモデル、取り扱い商品、提携意向といった選定条件に基づき、10〜20社程度まで絞り込んだショートリストを作成します。ショートリストは必要に応じて補強し、優先順位を付けたうえで実務交渉フェーズへと進みます。
交渉段階では、NDA締結や財務資料(BS/PL)の取得を行い、現地面談にて実務能力やネットワーク、販売体制の実態を確認。条件交渉では、価格・人件費・プロモーション費用の分担などを明確化したうえで、最終的に1社に絞り契約締結となります。

ただし、提携候補の評価には注意が必要です。たとえば「熱意があるが実行力に欠けるパートナー」「既存顧客に縛られ新規展開が難しい企業(ロングリスト症候群)」「競合製品との兼ね合いから自社製品の扱いを避ける意向がある企業」など、パートナー選びには見えないリスクが潜んでいます。また、取扱権限をコントロールできているかを見極める「印象妄信症候群」の回避も大切です。
最終的に重要なのは、相手の人柄や社風、現地理解度に加え、自社製品に対する熱意と商流の実行力を兼ね備えた企業かどうかの総合判断です。ディストリビューター選定は、単なる取引相手の選別ではなく、中長期的にブランドを現地で育てる「共創パートナー」を見極めるプロセスであると捉えるべきでしょう。

6.法規制・制度の把握
海外市場への展開においては、現地の法規制を正確に理解し、ビジネススキームに応じた適法な形で参入を進める必要があります。規制調査では、外資規制や許認可要件、商品ごとの成分・表示・流通に関する規制、さらには知的財産権や品質基準まで、多岐にわたる項目を確認します。たとえば口腔ケア製品の展開には、PL法・景表法の適用範囲や、製造・販売に関する許可、広告に関する制限などが関わります。
さらに、現地法人の設立形態(単独出資か合弁か)によっても必要な手続きが異なり、各スキームに応じて事前に確認すべき法的・税務的ポイントがあります。加えて、医薬品資格証明書などの許可申請プロセスは、複数の提出書類や現地調査を伴うため、事前に審査期間や追加対応が必要となる箇所を把握しておくことが不可欠です。規制対応は単なる事務手続きではなく、進出戦略の根幹に関わる要素といえるでしょう。

7.まとめ
海外市場への参入を成功させるには、6つの実践ステップを体系的に踏むことが重要です。市場環境・競争環境・消費者・流通構造・ディストリビューター・法規制という6要素を一貫して調査・分析することで、はじめて説得力ある戦略が構築できます。それぞれのステップを丁寧に可視化し、現地の実態に即したストーリーのある参入計画を描きましょう。<会社概要>
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