海外進出の成功は“事前リサーチ”で決まる:失敗事例から学ぶ戦略のポイント
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株式会社gr.a.m
坂井 聡佑
一橋大学卒業後、株式会社クロス・マーケティングに入社。主に大手自動車メーカーや情報システム会社を中心に国内外問わずリサーチ業務を担当。のちにデロイトトーマツ コンサルティング合同会社に入社。インフラ系企業やアパレルメーカーを中心に、BPR・財務領域のコンサルティング業に従事。リサーチ、コンサル業界で経験を積み、gr.a.m参画。
gr.a.mではリサーチ事業部の責任者として国内外多数のプロジェクトを実施。
海外進出における事前リサーチの重要性
私が「海外進出に事前リサーチは必須だ」と考えるようになった背景には、幼少時代のある経験があります。今から20年ほど前、父が経営する製造業の会社が安価な労働力を求めて中国へ進出しました。当時、中国は「世界の工場」と呼ばれ、多くの企業が海外進出の定番としていました。しかし、結論から言えば、その中国進出は失敗に終わりました。進出から5年足らずで、中国工場を閉鎖することとなったのです。父によれば、当時の主な失敗要因は、海外ビジネスに関する事前分析の徹底不足であったとのことです。中でも「日本と同じ感覚でビジネスを行うことはできない」という言葉が強く印象に残っています。
当時の中国事業が撤退となった具体的な内容は、主に次の2つです。
1.労働者の質と確保の難しさ
「労働者の確保」に関して、忘れてはならない前提として、日本の労働者の水準は世界屈指の高さにあるという事実です。国民性は真面目であり教育水準も高いため、勤務態度が規範的であり、作業内容や成果物の質も高いです。これが当たり前となってしまうと、海外ビジネス(特に新興国)においては戸惑うケースが多く見られます。(現在では経済大国となった中国でも、依然として沿岸部と内陸部の間で労働者の質に格差が残っているとされる。)
2.適切な原料調達先の選定
「原料調達先の選定」に関しても、日本と異なる特有の難しさがあります。自社で現地企業を調査しきることは困難であり、企業選定に関して現地人に相談した際に、彼らの利害関係が絡んできてしまうケースもあります。結果として、安価かつ良質な原材料を供給してくれる企業を選定することは、想定以上に難しいのです。
さらに、2008年の北京オリンピック会場建設に伴い、工場のあったエリアが中国政府によって買収されたことも撤退の決定的要因となりました。いずれも、日本の感覚で進出することの予期せぬリスクを示唆しています。

事前リサーチの意義
事前リサーチは不確実性を極小化することに意義があります。先ほどの中国進出失敗の例も、事前リサーチによって、一定程度の不確実性を低減できた可能性があります。事前リサーチで特に大事なのは、いかに現地の最新かつ信頼性の高い情報を迅速に取得できるかという点です。
インターネットの発達により、世界各国の情報がウェブ経由で容易に入手できるようになりました。しかし、特に変化の激しい新興国については、ウェブ上で得た情報が実態とかけ離れているケースも少なくありません。
海外ビジネスを行う上では、信頼できる情報源から生きた情報を取得し、その情報を客観的に吟味しながら意思決定することが重要です。不確実性を少しでも減らすことが、海外進出の成功につながります。
規制情報の把握を最優先に
海外進出に伴う事前リサーチは、市場規模を推計する「市場調査」や、規制情報を確認する「規制調査」、産業構造・流通構造を分析する「産業調査」、そして顧客先・提携先・競合先となりうる企業を調べる「企業調査」など、多角的に行うことが大切です。
その中でも、規制情報は進出の前提として把握しておくべき最優先事項です。進出に際して要求される参入規制を満たさない限り進出自体が不可能になる上、仮に進出基準を満たす場合でも、条件によって進出後の難易度が大きく変わります。国別の進出難易度を把握するためにも、規制情報の収集は優先して行うことが重要です。
規制調査 ~外資規制~
海外進出に伴い把握すべき規制のなかで、まずあげられるのが外資規制です。外資規制とは、外国人または外国企業による国内企業への投資を制限する規制を指します。日本も例外ではありませんが、新興国ではローカル産業を保護するため外資規制が多く、かつ厳格であることが一般的です。
例えば、東南アジア地域では、かつて小売業に対して厳しい外資規制が敷かれていました。伝統的な小売業(家族経営など小規模な個人商店)が地域経済を支え、雇用の受け皿となっていたためです。こうした業態を保護するため、外資系企業の資本金額や現地従業員の雇用数などに関する規制が設けられることが多くありました。外資規制は海外進出にあたって最優先でクリアすべき重要な要件であり、規制情報を把握する際の出発点ともいえます。
進出後の業界構造の変化と規制の影響
海外進出を検討する際には、外資規制だけでなく、業界構造や製品規制の「変化」も重要な要素となります。これは、規制が一度把握すれば終わりではなく、進出後も動的に変動するリスクであることを意味します。
その一例として、ミニストップの韓国市場からの撤退が挙げられます。2022年、ミニストップは韓国子会社の全株式を譲渡し、韓国市場から撤退しました。この背景には、韓国のコンビニエンスストア業界における競争激化と規制強化がありました。韓国政府では、コンビニエンスストアの過密出店を問題視し、新規出店に対する規制を強化しました。さらに、最低賃金の引き上げや営業時間の制限など、労働関連の規制も強化され、店舗運営コストが増加しました。
この事例は、海外市場における業界構造や規制の変化が、企業の事業継続に大きな影響を与えることを示しています。海外進出を計画する企業は、現地の規制環境を継続的に監視し、変化に迅速に対応できる体制を整えることが重要です。
まとめ
海外進出を成功させるためには、現地の文化・労働環境・調達事情・制度など、多面的な事前リサーチが不可欠です。日本とは異なる常識や不確実性が新興国には数多く存在し、それを軽視すると撤退に至るリスクさえあります。
特に外資規制をはじめとする各種規制は、進出可否や事業運営の難易度に直結するため、最優先での把握が求められます。また、規制環境は進出後にも変化する可能性があり、現地の状況を継続的にモニタリングし、柔軟に対応できる体制を整えることが、長期的な事業の安定に繋がります。
<会社概要>
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